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日本人はなぜ騙される!

詐欺業界の実態が活写されているが、そんな菅原潮氏に「日本人はなぜこんなに騙されるのか」を聞いた。

オレオレ詐欺からアポ電まで、とにかく社会問題になっている、詐欺。人をだますことです。それは時代が詐欺だから、何とも言いようがない。だから、尾畑春夫さんのような方が、私はいいと思う。こういうことと対極にある人です。

だいたい、テレビやラジオが、そもそもの嘘。それらを信用している時点でアウト。NHKで「私は騙されない」みたいなことをやっているが、まったく効果なし。それもそのはず、こういうケースは詐欺です、みたいに放送する。これ放送後に覚えている人いるのでしょうか?カードがこうだから詐欺です、とか。これ何回聞いても騙されると思います。

まず私のサイトを見れば、すぐに分かる。ほとんどアクセスがない。つまり、ほとんどの人が分からないのでしょう。もちろん、今の状態は見にくいし読みにくい、のは知っている。でも、これ見て本物だとどこまで理解する人はいますかね。日本テレビおしゃれ事件で出てきて捜査をしている警察が嘘をついている。嘘をやってますと本人たちが言っている。これでも分からないのでしょう。

権威とか権力とかに弱い日本人が、裁判所、警察、役所、弁護士。こういうとみんな本当だと思うのだから、騙されるだろう。その奥に潜むものは、警察が恐いからかかわらない。これひとつとっても、いつまでたっても騙されますよ。まず、こういうことはありませんよ、というが、まず恐いから引いてしまう。最近では電話に出ないようにするとか留守電にするとか言っている。しかし、直接訪ねてきたらどうするのか?同じでしょう。

まず、私を見習ってもらいたい。警察が逮捕するぞときたら「逮捕したら」。NHKが法的措置を取るぞと脅してきたら「待っているので、なるべく早くして」。おかしなことを見かけても、バカがほざいている、とか、「そうですか」ぐらいにしておく。そしてお金の話をしてきたら「貧乏なのでくれるのか?」と聞いてみる。特に警察が逮捕するぞなどといってきたら「早くしろ。寝ぼけてるんじゃないだろうな。自分がおかしなことをしてるのに、それでいいのか?」と聞いてみる。あるいは「もう一度出直してきてくれ」とか「忙しい」とか。とにかく相手のペースから、自分のペースに持ってくることが大事だ。

息子が会社の金を使い込んだと言ってきたら、「どこの会社の金だ」とか「俺の女にも寄こせ」「お父さんが死にそうだ」「その冗談は私にも言わせて」「いい年こいて何してるんだ」「警察から借りろ」とか。いろいろあるでしょう。

とにかく家に取りに来ることはないし、友達とか同僚とか、とにかく金を取りに来ることはない。どんな文句であっても。自分でとりに来させることがいちばんである。NHKのように、こういうケースと言っても、分からないと思う。また、困ったことがあっても、人はそうそう死ぬものではないので、放っておいても大丈夫だということだ。ピカソのように電話に出ないこともいい。放っておいても、その後に音信はある。

警察だろうが、弁護士だろうが、裁判所だろうが、放っておいても問題がないようになれば、いいのだが、裁判は出ないと負けることがあるので困る。「どうでもいい」と寝てるのがいちばんだ。

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高輪ゲートウェイ2

JR東日本広報部は「ことし6月、駅名を募集し始めたときからお伝えしていたとおり、応募数で決めるのではなく、応募されたすべての駅名を参考にして新しい駅にふさわしい名前を選考しました。  高輪という歴史のある場所で、昔から玄関口であったことや過去と未来をつなぐ、日本と海外を結ぶ、それに人と人を結ぶ玄関口の意味を込めたいという思いで、『高輪ゲートウェイ』に決まりました。

この選考方法は変だ。応募させといて、少なくとも上位のものが選ばれるべきである。なぜなら「高輪ゲートウェイ」というなら、それを応募した人は誰なのか。130位ということなら、そんなに多くはないはず。その中に有力者が入っていないのか?

選考方法が明らかにおかしい。特に地名あるいは駅名というのは、できるだけ覚えやすいものがいい。若者に人気の町は「新宿」「渋谷」「新橋」「六本木」「池袋」「神田」「秋葉原」「四谷」「お茶の水」「青山」「原宿」。みんなこんなもの。

奇をてらったものはよくない。「高輪」でそのままでいいではないか。これでは演歌歌手泣かせだよ。どうすんだよ(´;ω;`)。歌いにくいのに愛されないだろ。選考方法をもっと透明にしたらいいと思う。みんなが使う名前なんだから、皆が選んだものがいちばんいいに決まってます。多い票が一番有利だけど、組織票もあるかもしれない。それを考えると、上位のものからというのが、順当と思える。

「高輪」に賛成する。

 

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五輪ボランティア名称案

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は12月11日、2020年東京五輪の大会ボランティア、都市ボランティアの名称案を発表した。組織委によると、名称案は、ネーミング選考委員会委員、広告代理店などから出た149案を、ネーミング選考委員会、商標調査、国際オリンピック委員会が複数回確認し、4案に絞り込んだ。

発表された4案はそれぞれ、大会ボランティア・都市ボランティアの組み合わせで、「フィールドキャスト・シティキャスト」、「ゲームズアンカー・シティアンカー」、「ゲームズフォース・シティフォース」、「シャイニングブルー・シャイニングブルートウキョウ」。都市ボランティアのシャイニングブルーについては、ボランティアを運営・募集する自治体によって名称が変わる想定だ。

なんでもこのような名前が五輪のボランティアの名称案だそうだ。ちょっとみると、何が何だか分からず、何をする人なのか、何をしようとしているのか、訳の分からない話だ。

これを誰かに聞いてみて、すぐに連想できる人はそうとう変な人だと思う。普通にわからなくていいのだと思う。舌を噛みそうな名前だし、それがなんだかは、高齢者には皆目見当がつかないだろう。でも、それがいいというのが運営者らしい。

でも、決める人は適当に決めて、自分では関知しないのでしょうし、それで仕事が完了するのだろう。でなければ、こんな無責任な名前は出てこないだろう。

高齢者を排除する意味においては、最高の名前だと思う。何しろ何を意味するかさえわからないだろうから。今年の漢字一字は「災」だったそうだが、これもその一つかもしれない。人災に違いない。

「高輪ゲートウェイ」ではないが、なぜこれをごく普通に「高輪」にしなかったのか?まして一番人気だったのに、それでは面白くないとばかりに、余計なことをする。

よく小説などを書くこころえに、奇をてらって書いてはならないということがある。そうするといかにも面白そうに思うが、小説などの場合、読者にそのイメージがより適切に伝わらなければならない。そのため「高輪ゲートウェイ」より「高輪」の方が、ずっといい感じだ。つまり余計な憶測を与えないということだ。

たぶん多くの人が「高輪」と言えばすっきり来るのに、「ゲートウェイ」が続いているばかりに、なんか割り切れない感覚が残るに違いない。新しい感覚を盛り込みたいという気持ちはわかるが、「高輪」そのものに高級感があるので、かえってちぐはぐな感じがしてしまうのだ。残念。

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柳美里さん、ヘイトスピーチに

 柳さんはかつて従軍慰安婦やヘイトスピーチの問題に触れた。ネットの世界で「そんなに日本が嫌なら半島に帰れ」と心ないバッシングが飛び交った。むき身の心は打ち震えた。

時々在日の人たちに、心無いヘイトスピーチが行われる。好ましいことではない。そもそも「そんなに日本が嫌なら半島に帰れ」と言ったら、もうその人は議論を投げていて、負けである。

それは在日だけにではない。それ以外の外国の人にでも好ましくない。もちろん私にも考えられ得ることである。「日本が気に入らなければ出ていけばいい」というのは、議論としてはやはり負けである。

この言葉の背景にあるのは、その対象者を決定的に排除しようという意図である。そもそも民主主義社会に、このような言論・議論がおかしい。民主主義には排除思想がない。どんなに困った人でも、どんなに異質な人でも、共に生きていきましょうというのが、民主主義の基本原理である。

議論に負けてしまい、相手を排除するために「日本から出ていけばいい」というのは、そもそもそんな人は民主主義を知らないのである。単一民族であることを望み、権力的な思考が多い。権力を頼み、それもその権力は「うっすらと背後にある」、多くの日本人を頼みとして、言うのである。

しかし、日本は天照大神の国である。どのような人でも受け入れるべきである。誰にでも日は注ぐ。困難・辛苦を背負った人も、日本は進んで「日本に来なさい、私たちが守ってあげます」というのが、日本人としてのアイデンティティであって欲しい。

今現在、多くの外国の人、難病や人身の保護を求めて日本に来る人もいる。難民である。その人たちもいずれは日本の新しい風となり、力となるであろう。これからはそういう人たちの力を借りて、日本は国づくりを進めていかなければならない。

「日本を出ていけばいい」と言うのは、その人の負けである。それも惨めな…。

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個人的な問題報じるべきか

マスメディアで最近、不倫やセクハラなどが多く報じられていますが、日本の将来にとってそれほど大きな問題なのでしょうか。(略)某編集者がテレビ番組で「読者が喜ぶから」と正当性を主張していましたが、ジャーナリズムは「報道の自由」が保障された上で、社会や政権の不正・疑問点をあぶり出すことこそ本来の使命であり義務だと考えます。

これは今日の東京新聞の「発言」の中の一つです。自営業 黒田邦男 74歳(東京都中野区)の方の発言です。

その通りのことです。某編集者の発言はテレビに出演していてのものでしょうから、全くの嘘に類するものと考えていいでしょう。なぜそう発言するかと言えば、テレビ自体がそうだからです。テレビ局特に民放の程度はこのくらいなんです。それ以上の難しい問題は、彼らには扱えないのです。だから適当なコメンテーターなどを使って、解説のようなことをしています。と言って、その解説が適切であるかどうかは、また別のことです。

民放テレビ局は、驚くほどよく知らないのです。だから話題があっても、取り上げようがないのです。取り上げられたものを見ると、ほとんどどうにでも責任を回避できるものでしかありません。つまり、ジャーナリズムなんてものは、日本にはないのです。自らの発言に命を賭けるジャーナリストはいません。

その点、外国では違います。市民が皆さんいろいろとデモをしたりして、意見を出します。皆さん勇気があります。それを保障しているのが、民主主義社会です。ところが日本ではそれが保障されていません。ここ最近でも、何らかのデモをしたことに、ネットで「公安が彼らの写真を撮っている」として、彼らの人生は、もう終わりだと、記事がありました。

つまり、日本人の感覚では、社会に向かって何らかの発言をすることは、自身の生活の安全も保障されない社会なのです。それを皆さん、何らかの感覚で知っている。だからデモもしない。これでどこが民主主義社会が醸成されていくのでしょうか。

「日本テレビおしゃれ事件」を見ればわかるでしょう。発言した人間を弾圧です。バカで愚かな人間たちです。いずれ自分たちもやられるのに、です。それに対し何ら責任さえ取れない当事者たち。性犯罪者を守る警察。刑法は何のためにあるのでしょうか。投書を送らせた人間が盗聴音を聞いている。自作自演もここまで。

私は決して黙らない。花田にはもうとっくに出してある。知ってるだろうし。

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