事件

社会が処罰しなければ?

【#橋下徹 】元次官長男刺殺「他人を犠牲にする危険が子供にあると判断した時、社会が処罰できないのであれば親が処罰するしかない」

この橋本徹氏の発言を読むと、私はこうなる。

「患者を犠牲にして医療の実験をする危険な医師がいるということを知った時には、社会が処罰しないのであれば患者遺族が処罰するしかない」と、そういうことだろう。

確かにそういうこともあるだろう。普通は多くの医師はまじめだし研究熱心だ。だが、母を見た病院は、おかしな病院で、とても医療などというものではない。それに対し、医療事故でもないとか昭島署にも届け出ないなら、もちろん、それが正当行為と主張するなら、私にも私の正当行為がある。それらは法律で認められている。

やらせてもらう。

これは日本テレビおしゃれ事件と大変にている。医師という社会的信頼が高いことをいいことに、殺人ゲームをした。その決定的な証拠は、ジコキシンの注射が正当行為というなら、なぜ私に説明していない。つまり説明機会がありながら、何ら説明がしていない。それがカルテを読むと、長い時間話したようなことを言っているが、私が話していたのであって医師は話してない。

私にジコキシン注射を見破られたことで、相当彼らもプレッシャーを感じていたのか?母親の体を外に出さないようにした。死亡させるためだ。ところが徳洲会のホムペでは、「転院」を求めれば「転院」させるように書かれている。これは虚偽だ。

「転院はダメです」と看護婦長が強い口調で私に言った。こいつら殺しにかかったということを明確に知った。これが東京西徳洲会病院の暗部だ。

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家庭内暴力?!

元次官が息子を殺害したことについて、報道などを見ると、まさか本人も殺人犯になろうとは思わなかっただろうと思う。しかし、殺された息子に暴力を振るわれていて、小学校の音にうるさい、殺してやる様な言動があると、殺人におよんだのだろう。

私も自分が人を殺せるだろうかと日常的に自問している。この間、2ちゃんねるとみていると、「法が裁かなければ、自らで裁け」という発言を見た。確かにその通りだと思う。

母親が殺されていくのを、どれほど努力しても、殺されていくというこの国の隠蔽体質。警察に電話しても来ないという。現実の話は…。殺されても、病院のことは病院に話しなさい、という警察の暢気な話。

こういう社会を作っているのは、明確に隠蔽体質でしょう。だからそういうことはありえないよな、と高をくくっている。原発でもそうだろうし、今度のシーサイドラインの事故も、そうだろう。

だから、おおよそ世の中の人と私が決定的に違うものは何かといえば、これだ。私は万一の場合が、どんなことにも想定している。こういうことはというのは、常に考えるべきだと思う。

それらが隠蔽社会を作っている。この害は全ての人におよぶ。ある意味社会に起きていることについて、認識できない状況に、意図しておかれている。それは共産社会と変わらない。しかし、隠蔽社会がもっと弊害があるのは、多くの人がそれを認識しにくいことだ。

日本が隠蔽社会だということを知っていても、常日頃から、そういう考え方をしていないとできないことがある。それに引き換え共産社会は、情報統制をすることを、国民が知っている。そういう意味においては、日本のような隠蔽社会より進んでいるといってよい。日本の場合のような自主規制をするというのは、いわゆる北朝鮮社会とあまり大差はないということだ。

ただそれを多くの人が認識できないということだ。だから家庭内暴力についても、まさかそういうことはないよな、と言ってしまうと問題なのだ。

実際、我が家でも姉が、私や母親に15年以上にわたって、あらゆる機会をとらえて因縁をつけてきた。母親が病院で殺されたのだが、そのきっかけ、あるいは機会は姉が作っている。私や母がやられていたことは、ある意味「家庭内暴力」だったことを、私は元次官が殺人を起こしたことで、認識できた。よくよく考えてみると、これは家庭内暴力だ、と。

母親の右腕にできた青あざは、暴行されてできたものだというのは認識していた。しかし、それが広範囲だったので、どうしてできたのか?と不思議に思っていた。そのことについては母は何も言ってはいない。

それを息子の私に言えば、姉を怒り、それがまた母にはねかえってくることは母も知っている。だから暴力を振るわれても、私に言えないのだ。言えば自分がやられる。

こういうのも暴力だよ、というのを元次官の事件から、認識できた。これも実際は隠蔽社会によって、私が上手く対処できなかったのである。もしもっと早く認識していれば、やりようがあっただろう。

母のことについてもそうだ。解剖をすり抜ける方法を使用しているので、母が犠牲になる以前に、他の人にもしているはずだ。それに気がつかない遺族もいるだろう。あるいは母のように警察が動かない場合もあるだろう。つまり、それで犠牲者は増えるのだ。

救える命も救えなくなる。それに加担しているのが隠蔽メディアの日本の報道機関だ。自分に起きなければいい。人のことなど放っておけばいい、ということだろう。それが回り回って、自分の子供が殺されることにもなるのだろう。あるいは自分が。

それでも関係ないというなら、心を失うことだろう。そうしなさい。

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次官殺人

これを書くのは、次官が息子を殺したということを、つぶさに書くとか、推定で書くとか、そういうことではない。そういうようなことはテレビでも伝えられている。それ以上の細かいことは知らない。分からないことが多い。

それで検索をしてみると、ほとんどが大手のニュースソースであると思う。しかし、私が知りたいのは、このニュースがどういうものなのか知りたいのではない。むしろ、それを一般の人がどうとらえているかを知りたい。しかし、それらは検索に出ないようだ。

出るようにするには、もっと細かくワードを入れる必要があるのかもしれない。しかし、そのワードが分からない。

一般メディアから知っても、私には意味がない。いわゆる上意下達であり、ほとんどどうでもいいことだ。

だから最近、ネットも見るのを控えようかと思うくらいである。ニュースなどを見ると、どうでもいいような芸能人の話や、あおりを目的にしたニュースや宣伝と思えるもの。これではみんな中身がない。

考えさせるようなものがない。テレビだとだいたいの情報と映像しかない。それも節約するせいか、同じことを繰り返す。だから不快なことが多い。それを避けるには見ないようにするのだが、新聞にでもそういうものはある。

NHKが車についているナビで受信料を請求するということは、車を持っていれば、テレビを捨てても意味がないのだ。たぶん携帯でもそうだろうと思う。ナビというのは、普通は運転している間は映らないのではないか。音だけでも払えということか。

深く考えさせるようなニュースがない。たぶんニュースの作り方が悪いのだろうと思う。だからみな似たり寄ったりの議論しかない。

最近の「拡大自殺」というのも、いただけない。

池田小の宅間守が死ぬ目的で犯行をしたというのも、分からない。宅間は最初障害者を装った。つまり死ぬのが目的ではない。逆だ。茨木の殺人事件も自殺を目的にしてはいない。死刑になりたいというのは、本人も言っている。しかしこれは本心ではない。これは復讐劇だ。自分を死刑にすることによって、その憎悪を向けているところがある。そこは沈黙である。

何かの先生か?「拡大自殺」というが、このように自分が死ぬために、他人を道ずれにするというものには、例が適当ではない。分析の仕方が誤っている以上、「拡大自殺」などと、そういうことを論じることが無理だろう。

このようにとにかくニュースがスカスカ。中身がない。昔の絵を持ってきても、何の意味があるのか?と問いたくなるものもある。とにかくテレビもネットも新聞も少し変ではないか。これが情報操作の真実なのだろうか。つまり、どうでもいいことを伝えること。

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登戸殺人3

■キャスターやコメンテーターが口々に
 事件が起きた28日の午後。フジ系の情報番組「直撃LIVE グッディ!」で、安藤優子キャスターが出演者に語りかけた。「社会に不満を持つ犯人像であれば」と前置きして、「すべてを敵に回して死んでいくわけですよね。自分1人で自分の命を絶てば済むことじゃないですか」。コメンテーターの北村晴男弁護士も「言ってはいけないことかもしれないけど、死にたいなら1人で死ねよ、と言いたくなりますよね」と続けた。
 同日のTBS系情報番組「ひるおび!」でも、落語家の立川志らくさんが「1人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら1人で死んでくれよって、そういう人は」とコメント。ネット上でも「1人で勝手に死ね」「迷惑かけずに1人で死ねば」など、似た言葉が書き込まれていった。

これはおかしい。死ねと言っているのと同じですよ。よくこんなひどいことをテレビで言えるな。頭のおかしい人というのもある。

第一、これって死ぬのが目的ではないよね。警察に捕まって拷問を受けるのが嫌。あるいは拘束されるのが嫌。それならいっそのこと死のうと。そういうことだろうと思う。「死にたいのなら自分一人で」などという話は、そもそも論理的に破綻しています。

それに迷惑かけるなというなら、なぜテレビ側は、視聴者の私に盗聴機を向けてるのか?そもそもそれが迷惑だよ。自分たちが責任を転嫁するためにそうしたのだろ。自分で責任をとれない人たちが何を言っているのか?

「おしゃれ事件」だってそう。なぜ視聴者に迷惑をかけるのだよ。そもそもそんなことはテレビでやることではない。その延長がズーと続いている。何年になるのか?

テレビで人に迷惑をかけるななどといえるのか?ふざけてる。

死にたいんじゃないだろ。そもそもお前たちを殺したかったのかもしれない。ところが経済性とかその他の理由でうまく計画できなかったのかもしれない。そこにお前らがいたら、子供をやらないで、お前らをやっていたに違いない。

この下らない人たち!迷惑をかけてばかりいるのにそれも否定する、無責任な人たち、そう思ってあなたたちを殺しただろう。

犯人は、そうしたら生きていたかもしれない。「天罰だ」と叫びながら…

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登戸殺人2

「何の罪もない、関係ない人を巻き込むな」「死にたいなら勝手に死んでくれ」。2019年5月28日朝に事件が発生すると、ニュースのコメント欄などでは、こんなため息が相次いだ。

「犯人の経歴、人柄は詳しく分かっていませんが、自らの人生がうまくいかず、社会や世間が悪いと他責的な傾向が強いように思えます。拡大自殺をする人は、人生に絶望しており、社会への復讐感情が強いことが特徴です。おとなしく死ぬのはイヤだと思い、誰でもいいので巻き添えにして、打ち上げ花火を上げて死ぬパターンです」

テレビなどで自分一人で死ねばいいという。「死にたいなら勝手に死んでくれ」と。しかし、ここまでひどい意見が堂々と言える社会は異常ではないか、と思う。

「関係ない人を巻き込むな」というなら、関係ある人ならいいのか?何らかの関係があって復讐するならいいということらしい。「死にたいなら…」。こういう言葉をいじめにあっている子供たちに言えるのか?絶望のあまり自殺し、1人で死んでいく子供たちはいいのか?これが正しい死に方だ、とでも言うのか?

こういう言葉が、いじめで死んでいった子供たちの遺族はどう考えているだろう。本当に日本の社会は恐ろしいと思うでしょう。あなたのお子さんは1人で自殺したんですから、他の人を巻き込まなかったのですから、それだけでも…。なんと恐ろしいテレビだ。これを日本中にばらまいている。

「犯人の経歴」などといって、偉い先生が分析するのかもしれませんが、余りにも社会や人生を知らなすぎる。犯人などといいますが、この人は子供の頃に実の母や父に捨てられたのでしょうか?最初父と一緒に暮らしていたとも言われています。ですが、それが何歳ごろのことか分かりません。

幼い小さな胸で、痛いほど苦しい思いをしながら生きてきたのだと思います。テレビに出ている人たちでも、普通は父母がいるでしょう。しかし、捨てられるという感情は、子供の彼がどう考えたのでしょうか?日本で実の父母がいないということは、大変なことだということも理解されてはいません。

父の兄と暮らしてきたといいます。1人で何を考えたのでしょう。父もいない母もいない子供が、どうやって生きて行けるか、考えたことがあるのでしょうか?私も小さいときに実の父を亡くしています。その後、母は再婚しました。生きていくためには母も苦しいことがたくさんありました。子供の私もありました。

日本で実の父母がいないということは、生きていく上では大変なことなのです。犯人も仕事が上手くいっていなかったようです。でも、そういう経緯ならある意味当たり前ですから、そういうふうに社会の路線から外れた人間は、まず普通に人生は歩めません。仕事でも見つからないでしょう。

学歴などあるのでしょうか。なくても私はこの人を責めるつもりはありません。保証人もなければ住む家も見つかりません。路頭に迷うだけです。こういう人が社会を怨んではいけないのですか?こういう社会でしかないのに、怨んだらその人間が問題だというのですか。私はそういう人間に聞いてみたい。

あなた方は本当にその人たちの身になって真摯に話を聞いてあげたことがありますか。私も足を棒にして何日も何日も仕事を探したことがあります。そういう時の心情が分かりますか。現実に東大に行ける人は恵まれた家庭の人です。奨学金がもらえる人も恵まれているのです。学校へ行きたいと思っても、それを言えない人がいるのをご存知ですか。口に出しても言えない人が沢山います。

そういう人たちをネットでは低学歴などと馬鹿にします。「社会や世間が悪いと他責的」という言葉には、およそこういう人間には、人間の悲しみや慟哭が分からないのだろうと思います。そもそもこのようなことがいえる立場にある人は、こういうような苦労は微塵もしていないかもしれません。

そのくせこういう意見は、自分で努力しろよ、と言っているのです。本当にひどい人たちだと思います。恐ろしい国です日本という国は。米国からの、それ以外のニュースからでも、感じることはないのでしょうか?私が思うに、それこそご自分でよく考えたらどうですかと言いたい。お父さんやお母さんに感謝することを考えなさい。父母がいたから、あなたたちは苦労をしないですんだのです。

高校にも行けたのでしょう。大学にも。そんなに勉強して、発言することは他者をいかに排除するかを学んできたということですかね。

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登戸殺傷事件

「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」というメッセージを受け取った犯人と同様の想いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか。
やはり社会は何もしてくれないし、という想いを募らせるかもしれない。
そのためにも、社会はあなたを大事にしているし、何かができるかもしれない。社会はあなたの命を軽視していないし、死んでほしいと思っている人間など1人もいない、という強いメッセージを発していくべき時だと思う。

「死にたいなら、自分だけ死ねばいい」というのは、今日のテレビでも発言されていた。つまりはそういうようなことが殺人事件を生んでいるのが分からないのかもしれない。

犯人に対して、私は深く同情している。今は事件の状況がよく分からないが、細かいことは言えない。ただ言えることは、多くの刺された子供が女児だったそうだ。その点については、犯人の人生を深く考察しなければ分からないことも出てくると思う。ただ私が思うに、かわいらしい女児を殺すということにおよんだのは、偶然なのか計画的なのか、相当の覚悟がなければできないことだ。

殺人をすることは大変な事。「歎異抄」には、人間の存在そのものがとても罪深く、明日にも人を殺すかもしれない存在であることが言われている。そうであったにしても、その行動をとることは大変なことだ。何をどう考えてしたのか?

だから、私は今日ももここで批判するのは、テレビや民放である。こういう社会を作っていることに対する最も重い責任があるのは彼等である。死にたければ自分でというのも、今日放送された。とにかくこういう事件が起きると、テレビなどは、一斉に犯人を批判したり、自分がいい人間であるかのように装う。批判することによって自分が善人になるという構図だ。

これは聖書でも、石を投げよというイエスに、誰も投げなかった。私たち日本人は、聖書に書かれていることについても、学べないのか。私はこの人に石を投げない。犯人には、どれほど煩悶し、苦しい思いをしたことかと同情する。苦しかったでしょうね。

それにも比べて刺された人・女児には、怖い思いをしただろうことが、計り知れない。私も母親を病院で殺されたと言っています。それでも今日のような事件が起きたときにも、日テレなどは笑っています。結局腹の中の彼らはそうなんでしょう。そういう人しかテレビ局には集まらないような気もします。有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか、そういう考えは、堅実な人生を選択したいという考えを呼び込まないのではないかと思う。

以前、ニュースステーションで久米宏が、司会をしていたときには、大きなニュースが起きると、力の入れようから違いました。たぶん腹の中では喜んでいたのでしょう。視聴率は上がりますし、自身が注目されます。また抱えている問題から目をそらす意味においても、大きな事件は歓迎したはずです。

ただ、ニュースの本質から考えると、もっと問題なのは、こういう事件が起きると、それを報道する、あるいは放送するテレビで、実に沢山の推察でものを言うことが、多くなる。こういうのがなぜ放送されるのかは、テレビの放送基準があまりにもいい加減すぎるということではないか。根拠がないものが多い。

それらでいちばん覚えているのが「酒鬼薔薇」事件だ。この時に「酒・鬼・薔薇」とインターネットの画面に、つまり、パソコンに真っ赤に出たような発言したことがある。それでそのサイトは、と質問すると「分かりません」という答え。普通それが出るとすると履歴に残るだろうし、検索にも残るに違いない。それが分からないというのに、それをテレビで流す。

つまり、依然としてその域を抜け出してはいないのだと思う。これら推察でものを言うのを、元警察関係者などがいうものだから、私はバカバカしくてしょうがない。現役の頃は、あんなふうにしてただ推定で物事を考えて捜査していたのかと思うと、唖然とする。だから冤罪が今も続くのだろうと思う。元警察関係者は、できればテレビの出演しないでもらいたい。

推定で捜査されたらたまらない。私の超音波盗聴も推定ですよ。こういうことなのだろうという、捜査側の勝手な考え。テレビ側に騙されていようが、私には関係ないと思うが、盗聴機を向ければ、そうはいかない。

もし犯人が、こういうような欺瞞に満ちた現代社会を憎悪していたとしたら、嘘を吐き出しているテレビ局などが元凶と言えると思う。嘘や虚妄でできている社会を、批判してはいけないのか?子供たちの犠牲は、何の為なのか分からない。

不登校が何十万人。いじめ。自殺。こういうようなことが私たちが子供だった頃には、報道されなかったこともあるだろうが、ほとんどなかったことは、どうするのだ。社会は何らかの形で、劣化しているということだと思う。計り知れないほど。これはテレビ以外に考えられない。より良い社会を作り出すためにテレビはあるはずなのに、逆になっている。それも民主主義が発芽していないために…。

これを書いている私が母親が殺されたという苦しみの中から1年以上たっても抜け出せないのだ。そういう人間が書いているものとして読んで欲しい。犯人を許せないと思うのは当たり前だ。しかしそれ以上に登戸事件と徳洲会事件とは本質的に違う。ご冥福を祈ります。

 

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野田市の栗原心愛さん虐殺事件

千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=が自宅浴室で死亡した虐待事件をめぐり傷害幇助(ほうじょ)罪に問われた母のなぎさ被告(32)の16日の初公判で、検察側は、なぎさ被告の供述調書から死亡する直前の様子を明らかにした。

実際には、起訴事実は傷害致死だ。しかし、私には楽しみながら子供を殺したという事実しかない。こういう人間が本物の「きちがい」。外見は一見普通、あるいは温厚で理解がある人間のように見える。

しかし、人の見えないところでは、鬼畜。しつけと称して性的な虐待もしている。とてもまともな人間ではない。本物の「きちがい」。津久井でもあったが、彼の場合もお荷物を殺したようなことを言い、拘束された車の中で笑っている。

よく人は見た目で、障がい者とか「きちがい」とか、2ちゃんねるでは「糖質」「池沼」とも言ってバカにする。ところが、そういう人たちは至ってまとも。こんなおかしなことはできないし、しない。外見が普通の人と変わらない、見た目では分からないごく普通の人間が、これだけおかしなことをする。

しつけと称してやれば分からないとでも思っているのか、心愛さんが死亡しても、反省もしない。

これはまるで久米楠田だし、超音波盗聴音を聞いて笑っている人間が、いかにキチガイであるかがわかるだろう。そもそもこういうことを考えることが「きちがい」なんだが、本物はそれが気がつかない。常軌を逸するということなのだろう。「爆笑してます」なんて、そんな人間の言葉。

救いようがない人間が、このように存在する。瀬戸内寂聴が人間は「鬼にも仏にもなれる」という。鬼どころか、鬼畜。こういう恐ろしい人間が普通の人間で善良な人間であるかのような面をしている。

母親を殺した医者も、ある意味「きちがい」だろう。それで、これは他の人が言ったのだが「刑事さんなんかには分からない」と。でも、私は刑事さんでも父や母はいる。自分だって年を取ったら、母と同じような薬は飲むことだろう。知っていて損はない。

それに母の場合は、物証があり、それによってカルテの信用性がなくなっている。だからポイントポイントを理解し、大まかに事情をのみ込めれば、どういう事件か分かるはずだと思う。そういう意味において、また私は警察は庶民のいちばんの身近な存在なのだから、ちゃんとやるべきだと思い、手紙などを出している。

いちばん重要なポイントは、心不全とうっ血性心不全とは違うということだ。なぜ血行が悪くなったかは、ジコキシンの中毒だ。それで循環破綻が起きた。これを医者は持参薬を飲まなかったことによって起きた頻脈を指した。ここにトリックとつまり偽装がある。実際には循環破綻は起きていず、つまり持参薬を飲ませれば何でもない事なのだ。それを担当の医師は知っている。だから、持参薬を夜中の10:50分に飲ますようなことをしている。

つまり循環破綻を宣言し、その循環破綻を実際には3日ほど遅らせてジコキシンの中毒によってもたらす。もちろん人為的にそうしたのだから、殺人だ。こういうところが刑事さんには分からないのだろうか。こういうことは正に刑事さんなら得意分野ではないか。そう思う。医師資格もないし、死亡診断書も虚偽。紹介状も虚偽。それらを考えあわせれば、まさにしつけと称して殺人を行う人間の愚かさが分かろう。

母の担当医師もそうだ。医者と言えば社会的信頼が高い。母も医者だから、最初信じていたようだ。そういうところがカルテにあるようでもある。その信頼した医者に殺害された。母はボケてはいない。だから自分が殺されていくのを、恐怖の中で2週間過ごしたのだ。

医者や看護師が恐い。体を結わいつけられ抵抗できないようにして、注射を打たれ、心臓がおかしくなった。母がどれほどの恐怖の中で死んでいったのかを考えると、病室の中で人体実験をされて死んでいった母。

私が力が足りないばかりに、このようなことを経験させて、苦しくて苦しくて、死んでいった母、その死亡宣言をした時の両医師は、私の顔を見てはいない。目を下に落とし、下ばかりを見ている。ジコキシンの説明さえしない。まさか私に見破られるとは思っていなかったのだろう。ジコキシン中毒も外観では、誤嚥性の肺炎によって起きている循環不全のように見えるだろう。ところが私はうっ血性心不全の死亡経過を知っていた。問題なのは母の死後1年間業務を続けていることだ。

私にはふつふつと心の底から湧いてくる怒りがある。なんでもできるし、する。こういう本物の「きちがい」を許せないのだ。

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悠仁様の警備について

お茶の水女子大付属中学校の悠仁様の机に刃物が置かれた事件について、犯人は「刺すつもりだった」と供述しているという。

ちょっと考えられないのだが、これが現代日本の病弊だ。例によって、日本は治安はいいからとか、日本は安全だからとかいうが、違うと思う。

この弊害は、暢気なのか、あるいはそういうように日本のメディアに騙されているのか?そのまんま平和なのか。こういう感覚は百害あって一利なしだと思う。悠仁様の事件で、もし悠仁様が校庭に出ていなかったら、殺されたかもしれない。たぶん最悪の事態になっていたと思う。それも日本史上最悪の事態。

現在の天皇制にとって大打撃を受けるところだった。たまたまそうならなかったにすぎない。岩波の「世界」’19年6月号に「日本型監視社会、丸裸にされる私生活」という見出しがある。これを見ても監視社会が進んでいることが伺える。しかし、また一方、このように悠仁様殺人未遂事件が起こるのだ。

これを考えていちばん憤慨しているのは、たぶん私だろう。いったい警察や公安は何をしているのだろう。監視社会といっても、この通り、北朝鮮の拉致ができるわけである。悠仁様がこれで、では警察などは私や私の家族に一体何をしているのか?超音波盗聴ですよ。それも何の意味もなく、たぶん、懲らしめようとしてしたのかもしれない。しかし、そんなことをしていて、これ悠仁様と比べたらどうなるのだ?

こういうような弊害を作っているのが、日本の警察とメディア。隠蔽社会が敵。犯罪が起きているのに報道しない。社会に起きていることを報道せず、日本は安全な社会なのだ、と情報を出す。これをみてどうするのか?犯罪者にとって、こんな好都合なことはない。

だから、いまだに「オレオレ詐欺」が減らない。こののんきで平和な感覚が分からない。確かに私は他の人より、感受性が高いかもしれない。敏感であることは、生まれながらのものだからしょうがない。他の人に見えないものが見える。犯罪を発見することもある。でもたいていはそれ以上はない。問題ないからだ。

だから母親が殺されたことでも、そういうことはみな気がつかない、と言われた。確かにそうかもしれない。多くの人が病院や医者を信頼する。私もする。でも、中にはおかしな医者もいる。おかしな病院もある。おかしいと思ったら、やはり行動をしなければならない。何か変だというので、私は写真を撮った。

母の入院した日の初日に「おかしい」ということは、たくさん感じていた。ずさんだ、変だ、それでもと思っていたが、面会に行くたびにおかしなことを発見した。それでも私は疲れていて、上手く寝れてないことを気にしていた。病院なんだからとか、医者だよと、変だと思いながら、どこかでそれを否定することがあった。

これが結局私の力のなさなのだろうと思う。疲れていなければできただろうことも、カルテを見ると、これは入院したらやられたという答えしか出てこない。虚を突かれた。私と担当の医師が顔を合わせたときには、医師は既に母を殺すことを決心していたらしい。それがひっくり返らなかったのだ。私の力がなく、医師を変心させることができなかった。もちろん、殺人をする人間の…。

だから悠仁様を刺そうと思って侵入している人間に思いとどまらせるのは、力だと思う。それも知恵の力。それは隠蔽社会ではできない。

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池袋暴走車事故事故事故

東京・池袋の都道で乗用車が暴走し、近所に住む母子2人が死亡、8人がけがをした事故から一夜明けた20日、事故現場の交差点に献花台が設置された。無職の飯塚幸三さん(87)が運転した車は、ガードパイプに接触した後、暴走して横断歩道に突っ込み、近くに住む松永真菜さん(31)と長女の莉子ちゃん(3)が死亡した。

池袋で暴走車事故、少し情報が出てきた。1年ほど前に車を乗るのを止めようとしていた。足が悪く杖を突いていた。ブレーキを踏んではいない。スピードは100キロ近く。

これを考えると恐ろしいことである。それも母子をひき殺すまで、他の人をひいている。ところがそのまま突っ走り、次々に事故。「ブレーキが戻らない」と言っているらしいので踏み続けていたのだろう。プリウスだからペダルから足を離せば、自然とスピードが落ちると思う。距離は150mともいわれ、ガイドレールに最初にぶつかった時点で、スピードを落としていないようだ。

それらを考えれば、駐車するときに自宅で難渋していたということなので、本来運転が上手い人ではないところに、認識力が落ちたのだろう。反応が鈍くなり、操作ができなかったと思える。

しかし、状況から考えれば、車を乗らない方がよかった。にもかかわらず乗車した。このことについては助手席の妻の責任、家族の責任も問われることと思う。しかし、2ちゃんねるでは、天下りなどを繰り返した上級国民と言われ、逮捕もされないと批判されている。それは確かに問題である。「証拠を隠滅するおそれがない」からだと警察は言うが、もうすでにフェイスブックは削除されたそうだ。立派な証拠隠滅である。それらに様々な情報があったと思う。

これらのことをしても問題がないという答えがあるのだろうか?私は常々考えていることがある。それは私への超音波盗聴など、あるいはここでの母が殺されたことなど、こういうことを考えると私や母がやられたのは、一般人だからだということだ。それは常識的にそうだという答えしか、以前からあった。

差別的に超音波され、母は殺人ゲームで面白がられながら死の恐怖を存分に味合わせられながら、殺されていく。医師は上級国民だから、私や母は、こういう取り扱いを受けるのだろう。私がヤクザや社会的地位の高い家の人間なら、そう今回事故を起こした上級国民なら、久米や楠田は、前田武彦のようにテレビに出ることもできなかっただろう。

日本の社会はそのように差別的にできていることは、誰でも知っている。病院で注射を打たれ、病室で恐怖の夜を過ごしていたのを、私は知らなかった。知って転院を申し出てもさせなかった。母の気持ちを考えると、私は気が狂わんばかりに、気持ちが乱れる。必ずと言う気持ちしかない。

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おかしい 変 殺人事件 不明!?

多くの人の記憶には、もう消えてないのか?あるいは、そもそも知らないとか!そういう殺人事件になり始めている!?

例のあの事件ですが、なぜ続報がないのでしょうか?!当事者が認知症にでもなっているのでしょうか?!それとも権力者とつながっているのでしょうか?!続報がありません!?訳が分かりません!?どうなっているのでしょうか?!

母親が殺されたことのように、捜査をしないのでしょうか?!なぜでしょう?!わかりません!?よほどまずいことが発覚したのでしょうか?!

続報がなぜないのでしょうか?!続報求む!!??

死んだ人は誰なのか?!殺されたのでしょうが、続報がありません?!逮捕したとも、しないとも、どうなっているのでしょうか?!

有名人が出入りしていたのでしょうか!?権力者が出入りしていたのでしょうか?!続報がありません?!どういうことでしょう??

捜査をするな、という圧力でもあるのでしょうか?!どう見ても権力側にはまずいのだろうな!?相当の人が出入りしていたのではないか?!

はい、捜査中止中止?!そういうことなのでしょうか?!メディア発表もないのでしょうか?!まずいんだろうな!!!!

続報をどこも報じないのはなぜ?!奇々怪々の死に方をしていて、これは変??!!

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