日記・コラム・つぶやき

仕事ないなら介護で働け?舐めるな!って、ほんと!

仕事ないなら介護で働け?舐めるな!

こういう見出しがある。本当にそうだと思う。介護施設の職員が暴力を使ったり、あるいは逆に入居者が暴力をふるったり、大変な状況だと思う。母の介護をして、大変なのは病状の進行に対して、常に変化していくことに対応するのに大変な努力と助力がいるということです。

一言で在宅介護といっても、様々なケースがあり、同じものはないと思う。訪看の人たちも訪問先でパワハラやセクハラを受けるというニュースを聞いたりするだけでも、むかえる方も気を遣う。失礼のないようにしなければならないし、何よりも病人のケアをどう進めるかを考えなければならない。

それが常に変わっていく。私の場合は母がデイサービスもショートステイも拒否していた。ほとんど私が付きっきりでいた。病院で死亡する前の2週間ほど前には、これ以上は限界がきていると思い、ヘルパーさんをお願いし、口腔の清掃やそれ以前は陰洗を私がしていたが、他の人に慣れてもらうために、お願いした。

でも、こういうことでも母親の病状を把握していなければならないので、いろいろな人から様々な助言をいただいてしていた。それが徳洲会のカルテでは、これでは休めないみたいなことが書かれているので腹が立ってしょうがない。休むと言ってどう休むのか⚓

私が席を外して休むって、眠ることや何ができるというのだ。とにかく徳洲会のカルテを読むと、この人たちは何を言っているのかと思う。ましてうちはWケア+アルファです。姉の因縁をしょっちゅう聞かなければならないし、相手をするのも、それだけでどれだけ疲れるか!

たとえば、室内用の車いすを借りた。すると姉が、枕がどうの、腰かけるところがどうの、背もたれや車の大きさが、となぜこういう車いすを選んだのかと因縁をつける。しつこいくらいにこれでもかと言う。それで一通り言い終わってから、「お姉さん、それリハビリの先生が選んだんだよ」と言うと、ただ沈黙。黙った。

つまり私が選んだものならさんざん因縁をつける。私のことがどうだとかこうだとか、さんざん人をコケにする。それでいて、専門の人が選んだとなると、ただ黙っている。これは私に対して因縁をつけているのに過ぎない。車いすについてどうこうなら、なぜ続けないのか⚓

こういうことをあらゆる機会をとらえて15年以上も私や母にしている。母親が不審死しているので、またもう母に当たることはできないので、私は姉や弟を許すつもりはない。こういうことを弟に「姉を弟の群馬の方に連れて行ってくれ」「ちゃんとやるように本人によく言ってくれ」。切りつけたり、母親が「恐い」と言っているので、弟に対処するように言うと、弟は「その人にはその人の言い分がある」と言うので、それなら私にも私の言い分がありますから、私は不動産屋に連帯保証人についての保障はしないと伝えた。

明らかに契約について、詐欺事実があり、正しい契約とは言えない。そのことを伝えた。私が弟や姉を許さないというのは、それ以上に母におかしなことをしているので、許すつもりはない。母は病院に急に入院する少し前に、買い物に行く私に、行かないでくれと言った。なぜと聞くと、「お姉さんが恐いから」と言った。

本当に母親には死ぬ間際には、病院でも怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ないと思う。どれほど心細く苦しい思いをさせたのかを考えると、医師らに対して怒りしか湧いてこない。体をほとんど縛られ、手にも手袋をされ逆らうこともできず、ボケてはいないので、注射を打たれて自分の心臓がおかしくなったのを母は知っていました。自分が殺されていくのを知っていたのです。

私が転院を求め、何とか母の命を救おうとしても、看護師の長が「転院はダメです」と強い声で言う。このままでは殺されると思い、何とか出そうと画策をしたが、断られた。他の人は私が母への急迫不正の侵害があったことを伝えても、よく理解できないのか、わからないのか?病院で人体実験のように殺人が行われているなんて誰も考えないだろう。

だが、こういう医師もいるのです。他のものもずいぶん証拠をとっている。私の考えていることがほとんど間違いがない。若い経験のない研修を終えたばかりと、後期研修医だから、こんなものだろう。医師と言う社会的信頼を人質にしてやりたい放題だ。他でもおかしな医師がたくさん出ている。おっぱいぺろぺろ医師まででている。やるべきことはやらなければならない。

だから介護なら誰でもできるようなことは言うべきではない。大変な職業だと思う。荷物ではない人を扱うのだから、適当な気持ちでできることではない。外国から人材を入れればいいという政治家は介護を理解しているのだろうか?

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姉の嘘の届け出

徳洲会のカルテを見ていて、姉が嘘の届を家の近くの交番に連絡した。姉が届け出たのもその交番だから、とにかく届け出た。軽犯なのか?とにかく嘘の届け出をして、私を陥れようとしたのだから、そう届け出た。その情報をどう扱おうが、それ以上は私に責任はない。

母のカルテに書いてあるし、私が被害になっているのだが、それ以上に被害届は出せないという話だ。私はよく分からない。嘘の届け出を交番に出されて、それが客観的に確認できるのに私が被害届を出せないというのは、よく分からない。

ただ、日本テレビおしゃれ事件でも、久米楠田が虚偽告訴をしている。実際に捜査課長が自宅に来ている。それでいて虚偽告訴が事実でも逮捕しないというのは、どういうことなのか分からない。これなどもテレビ局と警察は一体となっているので、裏でお金をもらったり、それ以外の便宜をはかってもらったり、いろいろあるのだろう。

喜平氏が「行政は誰にとっても公平でなければならない」と言われた。これを言うということは公平ではないのであろう。権力には順々とするが、弱いものとんでもないぬれぎぬもきせられる。たまったものではない。すべてのものが情実で動いている。そのために私も情報を絞っている。その方がいいと思う。

でも、あなたが被害を受けても警察は動きませんからというのは、母親が殺されたということの裏がとれたように思う。GOOD LUCK!

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誤嚥性の肺炎で死亡すると肺炎での死亡になる。どこも同じ。

ここにこんな記事がある。

>実際に、高齢者の死因の第2位は肺炎で、がんについで多くなっていますが、そのうち8割が誤嚥性肺炎だとされます。

これは高齢になり、逆流性食道炎で誤嚥のケースがあるというものだ。確かに、このようなことは以前から言われている。

私が注目したのは、やはり、誤嚥性の肺炎の死因は肺炎という表記だ。この事実だ。

なぜこんなことに、つまり表記の仕方を考えて資料を取っているかというと、母親の死だ。母親は、私は殺されたと言っている。事実そうだからだ。

母の死亡遠因が「誤嚥性の肺炎」。そして死因は「心不全」。ところが「誤嚥性の肺炎」というのはいつなのか?ずいぶん前の前年度の話だと思う。その後に30年の1月に3日間ほど預かっていただいた病院では「この程度なら、問題ない」としているものだ。私もそう思う。なぜなら自覚症状がない。「誤嚥」をしたという時は、それは激しい咳をした。それに私は驚いた。しかし、激しく咳をすることは出そうとするので、それほど問題ではないと言われる。そうかどうかはともかく私は、酸素量を注意深くしていた。症状としては何もない。

ところが死因は「心不全」。解剖では「うっ血性心不全」。「うっ血性の心不全」で死亡させるつもりだということは、母が生きている時から私は知っていた。だから解剖すれば、やはり、肺は水だらけ。私の考えていたことは正しいのだ。ところが「心不全」ということになると、微妙に違う。

父が「心不全」で死亡している。だからその症状はよく知っている。その一つに嘔吐。父は自宅で嘔吐した。しかし、母はしていない。カルテには「嘔吐」と書かれているが、嘔吐はしていない。救急の方が母のパジャマのシミを見て「嘔吐したんですね」と言ったような気がする。しかし、それは嘔吐ではなく、ただ吐いただけ。口に入っていた「エンシュワ」がまずくて、口から吐き出したのだ。私もどんな味なのかと思い、一緒に飲んだ。それはまずいものだった。「嘔吐」というのは、胃の内容物を吐くことを言う。それを救急の方が誤認したまま、それがカルテに書かれている。

だから、最初のK病院では「肺炎疑い」である。但しこれも私は、その日の夜に聞いてはいない。聞いているのは「脱水症」だけである。だから次の病院に行くのが、なぜなのか分からなかった。とにかく私は休みたかった。疲れていた。

このように母には「肺炎疑い」はあるが、誤嚥した事実はない。ズーと以前だ。だから母も入院した3日間は元気だった。3日目に頻脈が起きたが、それをおかしなことに医師に因縁をつけられ、おかしなことをやられた。殺人だ。入院した3日目に「殺す」ことを決めているようだ。もちろん、こういうことを一人でしようと思っても普通の病院ではできない。

なぜならまず他の病院なら、患者がおかしなことになっていれば、看護師が先生に報告し、直ちに治療をする。ところがこの病院ではない。死に向かって驀進しているのだ。転院を拒否される。体が出れば殺人や行為がバレる。転院をさせないのは、死亡させるため。この転院拒否の段階で、死亡させるしかないからだ。その事実を私が知っている。入院して8日目。中毒を起こしてから2日目。

医師は転院させるかのような嘘の紹介状を書いている。これも殺人の証拠だ。おかしいのは中毒を起こす1日前に、転院の話がカルテに書かれている。変ではないか。これは明らかにカルテの捏造であろうと思う。中毒を起こし、脈が2,30になっているのに、紹介状では安定。これらの言葉も、両用に取れるようにまたがっている意味がある。

中毒で極度の徐脈になり、人為的な心不全状態を起こさせていて、その後に脈が0になり失神しているように、反応がなくなるように、死に向かって驀進しているのに、カルテでは元気に回復していると書かれているのだ。つまり元気で食べられるようにまでなり、死亡しているということになる。ところが「うっ血性心不全」は、このようには死亡しない。

カルテが全くの捏造というのは真実だ。

 

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またカルテを読むと

母親が殺されたカルテを見ると、改めて怒りで一杯になる。どうしてやろうかと?

とにかく最初から最後まで、カルテの改ざんどころかカルテの捏造。あまりにも母親の状況と違いすぎる。たぶんこれをやればカルテがすり抜けるということを知っているのだろう。

第一にこれだけ捏造されているカルテを、どう確定していくのか?カルテを専門家に見せても分からないでしょう。捏造されていて事実と違う訳だから、母親がどういう治療を受けたのかも確定できない。

ただそれらの捏造を証明していくしかないのではないかと思う。よくカルテの改ざんなどというが、そういうものはみな本当の一部分のようなものだ。それが改ざんとして問題になっている。

ではカルテの捏造というのは、ネットで検索しても出ない。およそあり得ないことなのだろうと思う。あり得ないでしょう。それだけ医師は社会的に信頼されている。まさかそんなことはしないだろうと。

そこにおいて、母親の捜査に当たり、カルテを専門家に見てもらった警察も、またも初動捜査を誤った。まさか捏造されているとは考えなかったと思う。これは他の専門家が見ても分かりようがない。国語的にあり得ないことがあり、それらの事実関係をどうするかである。

私はカルテをネットに出そうと思っていた。部分的に開けないものがあるだろうがと思っていたが、何回かの読み込みで、カルテをそのままネットに出しても分からないだろうということだ。母親の容態をいちばん見ていたのは私であり、事実と違うとは言える。

たとえば私が言っていることが、そっくりカルテから抜けていることがある。先生が「誤嚥性の肺炎ですよ」と、騒いでいたことも書いてない。ジコキシンを最初に打ったことも抜けている。内服も事実と違う。前の先生と後の先生の言っていることが違う。

これらを私が「うっ血性の心不全」で死亡させるということを、母親が生きている間に知っていて、転院を拒否され殺されてしまった。解剖の結果、私が考えていたことが正しいのだから、必ず勝てるはずだ。

しかし、よく考えてみると、持参薬の服用のカルテをもらったが、それ以外にも、本カルテの他にもカルテがあるのではないかと思う。引き写している事実は以前から確認しているが、前の部分が書ききってないのに、後を書き始めることはあるのだろうか?また前後が逆になっているのはなぜなのか?

つまり本カルテは時間の流れに沿って書かれてはいない。前の状況が後ろに書かれたりしている。これらのこともいろいろ考えなければならないだろう。こういうことが以前相談した人が、この問題を投げ出した理由ではないかと思う。

これらの細かいことをしなければ理解できない事だろうと思う。カルテをすり抜ける方法を使用している。

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厚生省の医師免許確認サイトについて

母親の看取りをした医師の名前を、資格確認サイトで検索してもでない。今日ここで「外字」ではないかというので、それなら出ますよという報告がありましたので、調べてみると、サイトそのものが十分に機能していない。

「外字」の場合、〇田 駿とした場合、この丸を?にして検索するということは、この丸がどの外字でも出るのだから、検索機能が十分でない、という結論になった。たとえば、池田駿、上田駿、山田駿、外田駿、西田駿、幸田駿、草田駿でも出る、ことになる。この例は、草と西は外字として在ります。それ以外は確認していません。たとえとして話しています。

この場合、厚生省のサイトでは確認できないということになります。外字で登録していた場合。しかし、それがコンピューターの医籍に登録されているのに、ではなぜでないようになっているのかは分からない。なぜなのか?

ただ私は、本物の免許証のコピーで見る限り、枠が太くなったり細くなったり、消えて他の線とつながっていたら、おかしいと思います。また免許証に書かれている字が、習字の字ではない。この部分も印刷するのでしょうから、手書きで太くなったり消えたり、字になっていなければ、これは自分で作ったものであろうと思います。

いまそこで?として検索すると出ますね。医師資格があるとなる。では、なぜコピーでもらっているものがおかしいのか?こんなコピー機があるのか?考えられない!

いずれにしても、母の不審死は、医師資格のある医師の指示でしていたので、医籍については、保留しておきたいと思います。コピー機でなぜそうなるのか?線が曲がったり、他に流れていたら、他の部分にもそういうものが出るでしょう。それがない。まして字はおかしい。ありえない?

私に対して、警察などが現実の捏造をしているので、そう簡単に決定するわけにはいかない。ないかもしれないと私は疑っている。

他の医師を深く検索して、20人ぐらいでない。?どうなっているの?外字はやった。異字体は正字でできる。なのに20人ぐらい…

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ここのところで

ここ数日で、大変ショッキングな社会状況が伝えられている。いじめによる自殺者。子供への虐待。今日は引きこもりの数。その件数などの多さはここで取り上げないが、それに近いものを合わせると、どのくらいになるのか?

そしてこれらがすべて、人間関係のものだ。学校、家庭、様々な側面で社会状況がひっ迫し、崩壊しつつあるのだろうと思う。一方では、安倍政権の予算額の多さ。これも統計不正と関係があるのか?政治家は自民党に流れる。この傾向は昔から自民党から出れば、選挙に入りやすいからだが、あまりにも安易。軽い。平成が終わり、次にどうなるのか。11時半に報道するそうだ。

その後で安倍が、何か話すそうだ。安倍のニュースを意識した報道は、実に安易だ。NHKも手助けして、酷いときは民放でも流れたことがある。こういうのは、今までの総理にはなかったように思う。

それと個人の貧困はつながっているように思う。上から下への命令のようだ。自民1党独裁で日本国は国勢がもろになくなり、衰退の下り坂。それに今まで気がつかなかったのだろうか。イギリスは国柄を取った。それはそれで立派。イギリス人らしい。日本人はというと、このように貧困。外国から人を入れなければ、国が回っていかなくなる状況になっている。

それで日本はすごいスゴイというのは、分からないのだが、これで得するのは誰なのだろう。やはり、権力のある人たちである。貧乏人の私には関係のないことだ。

私がもっか頑張っているのは、節約。日々の暮らしの無駄を省くこと。それがなかなか上手くいかない。もともと相当しぼっていたから、そう極端に下がりはしない。だが新しい税制は、複雑で分かりにくい。脱税の温床のようなものだ。どうするのだろう。しぼるしかない。身近な所では、まずテレビなどの電気代を節約する。これは急務だ。

他の人はどうしているか知らないが、テレビを覗いた感想は、幸せな人たちのテレビである。つまり、見ている人間には意味はない。テレビに出ている人たちは、それがお金儲けになるのだからいいだろう。しかし、見てる方はお金が出る。くだらないものを見て、幸せな人たちを見ていることもない。例によって視聴率が上がるようにできているので、放送する方は楽だ。

視聴者が視ていようがいまいが、金になる。出るところはBSなどで増えているのだから、楽なのではないか?そこでまた社会が崩れ始めているというのは、犯罪を見るとよく分かる。今までは悪い人間が犯罪をするようだったのが、今は関係ない。特に詐欺については、アルバイト感覚で多額の金がもらえるような話だ。世の中が金金金になっているので、詐欺に加わろうとする若者を非難する気持ちもない。

テレビでは金があることを自慢するような風潮である。よく分からない若者が、そのついでに殺人をしたようなのがアポ電強盗だ。体に入れ墨をして、どうどうと歩いている。私は批判する気持ちもない。彼等は同じような事だろ、と言っているように思える。詐欺の時代である。

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カルテの事実関係の正誤

とにかく母親のことを考えると、どうするか、方向性がいまひとつつかめない。それはなぜか?母が虐待され殺人ゲームのように殺されたことを思い出すと、怒りを抑えられない。今日も昼食を食べながら考えていると、なぜなのか?なぜこれほどまでにカルテが捏造されているのか?

5月2日03:08:34カルテの最初に書かれていることでも「#認知症」とある。母は認知症ではない。母が喋らなくなったのは、私の負担が多すぎて、私が母にデイサービスに行ってくれと言ってからである。それを母は嫌がった。「死」を連想するようだっだ。それから喋らなくなった。それで話しかけても話さないようになったので、誤解されるようになった。自分がお荷物のように感じたのかもしれない。

「#頚椎症」。何なのか分からない。齢を取っているので関節でもすり減っているということか?こういう情報がどこから出ているのか、分からない?順天堂の方で聞いたことがあるような気もする。「#肺炎疑い」は、この日のものでは、私は聞いてない。こういうことならまず、昭島の徳洲会に入れてない。なぜなら、死亡する可能性があるから。

ここに、【身体所見】(呼吸音清明 腹部圧痛なし 下肢浮腫なし)とある。つまり誤嚥性の肺炎をうかがわせるものはない。うっ血性心不全で死亡する兆候もない。

03:50:17~05:34:33これは救急の報告ではないかと思う。ところが、【主訴】肺炎疑い、となっている。おかしいではないか?誰が訴えているのか?これはK病院で、これらのことにあったということは、後に確認しているが、訴えてはいない。それから(3日前から食欲不振があった。…両下肢の脱力があった。その後嘔吐あり、息子が心配し救急要請となり…)。こうある。

ところが、母は3日前から食欲不振にはなっていない。私が介護でまいっていて、それも主に姉への対応で気ばたらきができなくなっていた。この日も姉に、母の介護を妨害するので「出ていけ」と私は怒鳴っている。

それで水分が少ないということは認識していた。食後に母の口をゆすがせるために水をやると、それをゴクンと飲んだ。とろみもない。それで「あっ」と思い、水分が少ないのではないかと認識した。私がまいっていて、母の介護を十分にできなかったのだろう。

「嘔吐あり」とあるが、嘔吐はしていない。母はエンシュワを口から出した。これはエンシュワの2回目で、私も一緒に飲んだがまずい。それで口から出したのだ。「嘔吐」というのは、胃に入ったものを吐き出すことで、そのようなことはない。

とにかくこのような事実と違うことが多すぎる。とにかく検討すべきことが多すぎる。姉の嘘も書かれていて、私が暴力をふるって、姉が警察に保護されたことになっている。これも私が、姉が介護を妨害するので、姉を怒鳴った。それがこうなる。こういうカルテを、医師の専門家がみて、どう理解できるのか?

母を守ってあげるのは私一人しかいなかったので、母も私を過度に頼った。しかし、負担が多すぎた。

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冷凍庫が開かなくなった

冷凍庫が開かなくなった。一度電源を抜いた。そうしたら開いた。たぶん私が節約していて、冷蔵庫や冷凍庫を開ける機会が少なくなっているせいだと思う。それで庫内の温度も平均2度ぐらい低くなった。微調整できるようなつまみはない。外ドアにあるのだが、すでに温度がいちばん高いように設定してある。

冷蔵庫の中にあまり食品を入れないようにし、開けないようにしたのが、原因だろうし、どうすればいいのか?差し込みのコンセントは壁際で、しょっちゅう抜いたりすることはできない。スイッチを少し切るようにすればいいのだろう。そうすれば開くのだろうが、そのスイッチを冷蔵庫の前の方に持ってこなければならない。それようのものはない。

結局、冷蔵庫の脇に配線を持ってこなければならないが、大丈夫か?熱くないか?調べようがない。隙間が細くて手も入れることはできない。これでは冷凍庫が使えない。アイスも入れておくことができない。他の温度が低くなったところに置けばいいのかもしれないが、溶けないだろうか?

大きい冷蔵庫だから、小さいのに代えかえればいいのだが、先立つものがない。もったいない。とにかくこういうような生活は、電器会社も想定はしていなかったのだろう。まさか頻繁に冷蔵庫を開けるわけにもいかない。

電源を時々切っても、入れる時に急に上がることはないのか?どうなんだろう?それとも配線を2本買ってくることか?やっかいだ。

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100歳の血管のプラークを知らない医師とは、あり得ない。

近年注目の的になっているのが、東シナ海に浮かぶ沖縄諸島だ。ここの高齢者は、特に注目されるのは、100歳まで長生きする人の数だ。沖縄では人口10万人につき、100歳以上の住民が68人もいる。米国人の割合と比べたら3倍以上だ。

炭水化物の多い食生活だ。沖縄の食事はたんぱく質に対する炭水化物の割合が目立って大きい。特にサツマイモが豊富で、カロリー源のほとんどを占める。「今は高たんぱく、低炭水化物食を勧めるダイエットが人気だが、それとは全く逆」と指摘するのは、オーストラリアのシドニー大学で栄養と老化の研究に取り組むサマンサ・ソロン・ビエット博士だ。研究結果によれば、たんぱく質を抑えて炭水化物を多く取る食生活は体にさまざまな生理反応を引き起こす。そしてこの反応が、がんや心血管疾患、アルツハイマー病など老化に関連するさまざまな病気から私たちを守ってくれるという。

沖縄の100歳代は総じて、動脈壁に石灰化したプラークがたまり心不全の原因になるという、心血管疾患の典型的な兆候がみられなかった。がんや糖尿病、認知症の発生率も他の地域に比べてはるかに低い。

また、健康・長寿の記事だ。今度は炭水化物ダイエットの逆の話だ。研究していろいろあるだろうが、やはり、何を食べればいいというものではないと思う。母親の友人にも、ご飯を沢山食べる人がいた。その人は93ぐらいまで生きた人だ。体の大きな人で、あの人は体が大きいから、とても80代後半は無理だろうと思っていた。ところが、それを遥かに超えている。この人は心が強くて、笑うと大きな声で笑う。愉快な人だ。そういうこともあると思う。

この記事で、特に私が引いたのは、”100歳代は、動脈壁に石灰化したプラークがたまり心不全の原因になるという、心血管疾患の典型的な兆候がみられなかった”。これは、母が例外なくそうである。石灰化している部分が狭くなり、血行が悪くなっている。そして、こういうことは全ての医師が認識しているはずである。素人である私でさえ知っているのであるから、当然である。

それで東京西徳洲会病院の母の最初の医師は、入院初日に腎の薬を抜いている。つまり、血行が悪くなるのだからうっ血しやすい。それで母も、入院する1カ月前に、腎の薬を飲むようになった。と言っても母の腎はまだまだ健在である。ここで腎の薬を抜くことは、水が溜まりやすくなり、うっ血性心不全で死ぬ確率が高くなる。

母の場合は、腎の薬を抜いただけでは、簡単には死なない。そこでこの医師は、石灰化して血行が悪くなっているところを、血管を開く薬を意図的に飲まさないようにして、強心剤のジコキシンを注射した。つまり血管を全部開けてしまえば、4,5日後には元気に退院である。そこで開けないようにし、心臓に負荷をかけた。いわゆる、徳洲会病院以外ではおよそやらないことである。

当然、ボケていない母は心臓の異変を感じていたようだ。特に注射を打たれることは今までにないことだから、そうとう奇妙に感じていたに違いない。それもベッドに身体や腕を固定されているので、逃げようがない。まして身体が思うように動かないのだから。病院でほとんど固定されて注射され心臓がおかしくなる。母は去年の5月6日に私に「行かないで、行かないで」と言っている。その時は、私はなぜだか分からなかった。ここは病院だよ、と思っていた。すぐに退院だろうとも。しかし7日に「苦しい、苦しい、死んじゃう、死んじゃう」と悲鳴ともつかないことを言っている。これは変だと思ったが、私はなんだかわからなかった。ただ、死んじゃうというのは、とてつもなく奇異に感じた。

しかし、介護というより、Wケア+alphaに疲れ切っていた私は、気ばたらきが依然できなかった。母が脱水症になり弱っていたのも、私が弱っていてそうなったのであり、母の自力ではない。母は自分のことをうまく言えないのだ。脱水に対し寝る前に飲まそうと思っていた矢先にふらついた。それで救急車を呼んだのも今となってはいけなかった。

つまりは母、心臓への負荷に対し苦しかったのだ。その翌日の8日になると極度の2,30の徐脈である。これを考えると、本当に苦しかっただろうと思う。これで私が怒鳴った。「なにやってるんだ」と。ジコキシンの中毒である。こうなるまで医師は止めなかった。そうなると母は、ほとんど口がきけなくなり、目も開けられず、手も動かなくなる。その3日後には脈が0になり、翌日行くと顔をたたいても反応がなく、身体をゆすぶっても、動かない。気絶しているのか、失神しているのか?

それから翌々日ぐらいから、肺に水が溜まり出し頻呼吸になった。しかし、医師は水を抜こうともしない。死に向かって驀進していた。転院もさせなかった。紹介状は嘘が書かれていた。母の体を外に出さないようにしていた。とすると見取りの練習をするために、殺したのか?解剖をすり抜ける方法も勉強したようだ。カルテがすり抜ける方法も使用している。そもそも多くが捏造だ。その上見取りをした医師の資格が確認できない。2人の医師は先輩後輩の関係になる。呼び寄せたようだ。

この記事でも分かるように、多くの100歳老人はどういう病態か知っている。この2人の医師、あるい徳洲会病院だけが知らないのだろうか?そのうえ警察まで嘘を言っている。猪瀬都知事のように、お金をもらっているのか?未だ逮捕はしない。他の患者も同じようにしているだろうし、今も診ているに違いない。怖いことだ。

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健康情報は?

 加齢に伴って心身の活力が低下する「フレイル」を防ぐため、厚生労働省は22日、65歳以上のお年寄りが1日にとるたんぱく質の目標量を引き上げることを決めた。栄養素などの望ましい量を定めた「食事摂取基準」の2020年版にとり入れる。目標のおおむねの目安として、体重1キログラムあたり1グラム以上が望ましいとした。


 フレイルは、健康な状態と要介護の間の虚弱状態。筋力や認知機能、社会とのつながりなどが低下した状態とされ、放っておくと介護が必要になる。予防には軽い運動や食事の改善などが有効とされ、たんぱく質不足が影響していると考えられている。


 健康とか長生きとかに、とにかく情報が錯綜している。これはただ、そう考えられるということに過ぎないのに、情報過多の社会が存在する。いわゆる、「メディア社会をどう生きるか」である。


 最近よく聞くのは「糖質制限」。私はそもそもそれが何だか考えようともしない。それはどうやらお米やパンなどを少し食べるようにするらしい。それからご飯を食べる時には、野菜を先に食べるべきだとか?


 こうなるとなんだかストレスを感ずるのは、私だけなのだろうか?テレビで放送している「おいしいもの」を見ると、気持ちが悪いものだと思う。昔だったら、なぜこんなに食い気ばかりなのかと、不思議がる人もいただろうが、いまはそうではないのか。いても、そういう人はテレビで放送されないだろう。


 今日の新聞の広告に、『女性自身』、糖質制限、脂質カットに潜む危険ー「栄養不足でデブになる!」という楽しい記事がある。いま盛んに言われていることの反証のようだ。実際、栄養不足でデブになるというのは、結局デブの人はどうすればいいのか?食べてもデブ。食べなくてもデブ。これでは、栄養不足になったら、体のどこかに設置したランプが点滅するとか、栄養過多になったらブザーが鳴るとか、そういう機器の発明を待たなければ、日本人はやっていけないのかもしれない。


 いっそのこと、「デブ占い」かなんかで、決めてもらわなければ、今夜は何を食べていいのか分からないと思う。こういう人生でいいのだろうか?1日1食の南雲先生は、エベレスト登山は無理だろうし、三浦雄一郎さんが1日1食では体がもたないと思う。人それぞれでいいと思う。

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