« 電子辞書? | トップページ | 大津交差点事故 »

悠仁様の警備について

お茶の水女子大付属中学校の悠仁様の机に刃物が置かれた事件について、犯人は「刺すつもりだった」と供述しているという。

ちょっと考えられないのだが、これが現代日本の病弊だ。例によって、日本は治安はいいからとか、日本は安全だからとかいうが、違うと思う。

この弊害は、暢気なのか、あるいはそういうように日本のメディアに騙されているのか?そのまんま平和なのか。こういう感覚は百害あって一利なしだと思う。悠仁様の事件で、もし悠仁様が校庭に出ていなかったら、殺されたかもしれない。たぶん最悪の事態になっていたと思う。それも日本史上最悪の事態。

現在の天皇制にとって大打撃を受けるところだった。たまたまそうならなかったにすぎない。岩波の「世界」’19年6月号に「日本型監視社会、丸裸にされる私生活」という見出しがある。これを見ても監視社会が進んでいることが伺える。しかし、また一方、このように悠仁様殺人未遂事件が起こるのだ。

これを考えていちばん憤慨しているのは、たぶん私だろう。いったい警察や公安は何をしているのだろう。監視社会といっても、この通り、北朝鮮の拉致ができるわけである。悠仁様がこれで、では警察などは私や私の家族に一体何をしているのか?超音波盗聴ですよ。それも何の意味もなく、たぶん、懲らしめようとしてしたのかもしれない。しかし、そんなことをしていて、これ悠仁様と比べたらどうなるのだ?

こういうような弊害を作っているのが、日本の警察とメディア。隠蔽社会が敵。犯罪が起きているのに報道しない。社会に起きていることを報道せず、日本は安全な社会なのだ、と情報を出す。これをみてどうするのか?犯罪者にとって、こんな好都合なことはない。

だから、いまだに「オレオレ詐欺」が減らない。こののんきで平和な感覚が分からない。確かに私は他の人より、感受性が高いかもしれない。敏感であることは、生まれながらのものだからしょうがない。他の人に見えないものが見える。犯罪を発見することもある。でもたいていはそれ以上はない。問題ないからだ。

だから母親が殺されたことでも、そういうことはみな気がつかない、と言われた。確かにそうかもしれない。多くの人が病院や医者を信頼する。私もする。でも、中にはおかしな医者もいる。おかしな病院もある。おかしいと思ったら、やはり行動をしなければならない。何か変だというので、私は写真を撮った。

母の入院した日の初日に「おかしい」ということは、たくさん感じていた。ずさんだ、変だ、それでもと思っていたが、面会に行くたびにおかしなことを発見した。それでも私は疲れていて、上手く寝れてないことを気にしていた。病院なんだからとか、医者だよと、変だと思いながら、どこかでそれを否定することがあった。

これが結局私の力のなさなのだろうと思う。疲れていなければできただろうことも、カルテを見ると、これは入院したらやられたという答えしか出てこない。虚を突かれた。私と担当の医師が顔を合わせたときには、医師は既に母を殺すことを決心していたらしい。それがひっくり返らなかったのだ。私の力がなく、医師を変心させることができなかった。もちろん、殺人をする人間の…。

だから悠仁様を刺そうと思って侵入している人間に思いとどまらせるのは、力だと思う。それも知恵の力。それは隠蔽社会ではできない。

|

« 電子辞書? | トップページ | 大津交差点事故 »

事件」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 電子辞書? | トップページ | 大津交差点事故 »