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2019年5月

登戸殺人3

■キャスターやコメンテーターが口々に
 事件が起きた28日の午後。フジ系の情報番組「直撃LIVE グッディ!」で、安藤優子キャスターが出演者に語りかけた。「社会に不満を持つ犯人像であれば」と前置きして、「すべてを敵に回して死んでいくわけですよね。自分1人で自分の命を絶てば済むことじゃないですか」。コメンテーターの北村晴男弁護士も「言ってはいけないことかもしれないけど、死にたいなら1人で死ねよ、と言いたくなりますよね」と続けた。
 同日のTBS系情報番組「ひるおび!」でも、落語家の立川志らくさんが「1人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら1人で死んでくれよって、そういう人は」とコメント。ネット上でも「1人で勝手に死ね」「迷惑かけずに1人で死ねば」など、似た言葉が書き込まれていった。

これはおかしい。死ねと言っているのと同じですよ。よくこんなひどいことをテレビで言えるな。頭のおかしい人というのもある。

第一、これって死ぬのが目的ではないよね。警察に捕まって拷問を受けるのが嫌。あるいは拘束されるのが嫌。それならいっそのこと死のうと。そういうことだろうと思う。「死にたいのなら自分一人で」などという話は、そもそも論理的に破綻しています。

それに迷惑かけるなというなら、なぜテレビ側は、視聴者の私に盗聴機を向けてるのか?そもそもそれが迷惑だよ。自分たちが責任を転嫁するためにそうしたのだろ。自分で責任をとれない人たちが何を言っているのか?

「おしゃれ事件」だってそう。なぜ視聴者に迷惑をかけるのだよ。そもそもそんなことはテレビでやることではない。その延長がズーと続いている。何年になるのか?

テレビで人に迷惑をかけるななどといえるのか?ふざけてる。

死にたいんじゃないだろ。そもそもお前たちを殺したかったのかもしれない。ところが経済性とかその他の理由でうまく計画できなかったのかもしれない。そこにお前らがいたら、子供をやらないで、お前らをやっていたに違いない。

この下らない人たち!迷惑をかけてばかりいるのにそれも否定する、無責任な人たち、そう思ってあなたたちを殺しただろう。

犯人は、そうしたら生きていたかもしれない。「天罰だ」と叫びながら…

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登戸殺人2

「何の罪もない、関係ない人を巻き込むな」「死にたいなら勝手に死んでくれ」。2019年5月28日朝に事件が発生すると、ニュースのコメント欄などでは、こんなため息が相次いだ。

「犯人の経歴、人柄は詳しく分かっていませんが、自らの人生がうまくいかず、社会や世間が悪いと他責的な傾向が強いように思えます。拡大自殺をする人は、人生に絶望しており、社会への復讐感情が強いことが特徴です。おとなしく死ぬのはイヤだと思い、誰でもいいので巻き添えにして、打ち上げ花火を上げて死ぬパターンです」

テレビなどで自分一人で死ねばいいという。「死にたいなら勝手に死んでくれ」と。しかし、ここまでひどい意見が堂々と言える社会は異常ではないか、と思う。

「関係ない人を巻き込むな」というなら、関係ある人ならいいのか?何らかの関係があって復讐するならいいということらしい。「死にたいなら…」。こういう言葉をいじめにあっている子供たちに言えるのか?絶望のあまり自殺し、1人で死んでいく子供たちはいいのか?これが正しい死に方だ、とでも言うのか?

こういう言葉が、いじめで死んでいった子供たちの遺族はどう考えているだろう。本当に日本の社会は恐ろしいと思うでしょう。あなたのお子さんは1人で自殺したんですから、他の人を巻き込まなかったのですから、それだけでも…。なんと恐ろしいテレビだ。これを日本中にばらまいている。

「犯人の経歴」などといって、偉い先生が分析するのかもしれませんが、余りにも社会や人生を知らなすぎる。犯人などといいますが、この人は子供の頃に実の母や父に捨てられたのでしょうか?最初父と一緒に暮らしていたとも言われています。ですが、それが何歳ごろのことか分かりません。

幼い小さな胸で、痛いほど苦しい思いをしながら生きてきたのだと思います。テレビに出ている人たちでも、普通は父母がいるでしょう。しかし、捨てられるという感情は、子供の彼がどう考えたのでしょうか?日本で実の父母がいないということは、大変なことだということも理解されてはいません。

父の兄と暮らしてきたといいます。1人で何を考えたのでしょう。父もいない母もいない子供が、どうやって生きて行けるか、考えたことがあるのでしょうか?私も小さいときに実の父を亡くしています。その後、母は再婚しました。生きていくためには母も苦しいことがたくさんありました。子供の私もありました。

日本で実の父母がいないということは、生きていく上では大変なことなのです。犯人も仕事が上手くいっていなかったようです。でも、そういう経緯ならある意味当たり前ですから、そういうふうに社会の路線から外れた人間は、まず普通に人生は歩めません。仕事でも見つからないでしょう。

学歴などあるのでしょうか。なくても私はこの人を責めるつもりはありません。保証人もなければ住む家も見つかりません。路頭に迷うだけです。こういう人が社会を怨んではいけないのですか?こういう社会でしかないのに、怨んだらその人間が問題だというのですか。私はそういう人間に聞いてみたい。

あなた方は本当にその人たちの身になって真摯に話を聞いてあげたことがありますか。私も足を棒にして何日も何日も仕事を探したことがあります。そういう時の心情が分かりますか。現実に東大に行ける人は恵まれた家庭の人です。奨学金がもらえる人も恵まれているのです。学校へ行きたいと思っても、それを言えない人がいるのをご存知ですか。口に出しても言えない人が沢山います。

そういう人たちをネットでは低学歴などと馬鹿にします。「社会や世間が悪いと他責的」という言葉には、およそこういう人間には、人間の悲しみや慟哭が分からないのだろうと思います。そもそもこのようなことがいえる立場にある人は、こういうような苦労は微塵もしていないかもしれません。

そのくせこういう意見は、自分で努力しろよ、と言っているのです。本当にひどい人たちだと思います。恐ろしい国です日本という国は。米国からの、それ以外のニュースからでも、感じることはないのでしょうか?私が思うに、それこそご自分でよく考えたらどうですかと言いたい。お父さんやお母さんに感謝することを考えなさい。父母がいたから、あなたたちは苦労をしないですんだのです。

高校にも行けたのでしょう。大学にも。そんなに勉強して、発言することは他者をいかに排除するかを学んできたということですかね。

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ホムペ更新と

ホムペの更新をしたが、逆に良くなかったようだ。検索上位から消えた。としてしばらく様子を見ようと思う。そこで少し「楠田枝里子」「久米宏」を検索すると、ほとんど死んでいる。

「楠田枝里子」にしても「久米宏」にしても、すべてほとんど視聴者のサイトがないといっていい。ほとんど誰も聴いていないのか。これでは検索の意味がない。両者が出しているようなサイトばかりで、宣伝でしかない。

これには呆れるが、それもほとんど動くような内容でない。死亡している。

そんなものなのだろう。どうもよく分からないが、他の人が作っているサイトがみたいのだが、それが検索はどうなのかと?

それに私が検索して出てくるサイトがなぜか同じようなサイトばかり。私は私と同じように自分で自分の意見を発言している人を見たいのだが、ほとんどが画像と似たり寄ったりでは面白くない。それに当たらない。

ないわけではないと思うが、当たらない。ニュースの記事を見ていると「男性の日傘」などの話が出ている。それで煽っているのだろうが、日本人はどうしても、こういうようにべったりしたり、同調したりするのが好きなのか?未だに鎖国か?

外国人に頑張ってもらわなければならない。日本の新しい力だ!

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ホムペの更新

http://mitume.my.coocan.jp/

ホムペの更新をした。それで検索から消えた。以前は上位表示されていたが、それが消えた。

どうなっているのか分からない。SEO対策もそんなにしなかったと思う。以前はした。しかし、それほど変わらないのにどうしたものか?

しばらく様子を見ようと思う。今のサイトが気に入っていないのも問題だ。これで少しは改善しないということになると、実際ビルダーで作るのはどうなのか?

多くの問題が存在するということだろう。特にサイトのデザインができているのが、問題になるというのはどういうことなのか。

少し様子を見て、勉強をしようと思う。これでデザインができているものがダメというと深刻だ。

ブログでは「はてな」が上位になるというのは、本当だった。こういうのもあるということは、信じられないものだ。

しかし、なかなか勉強をするという時間がないし、どう勉強したものか分からない。プロになるわけではないので、…

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登戸殺傷事件

「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」というメッセージを受け取った犯人と同様の想いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか。
やはり社会は何もしてくれないし、という想いを募らせるかもしれない。
そのためにも、社会はあなたを大事にしているし、何かができるかもしれない。社会はあなたの命を軽視していないし、死んでほしいと思っている人間など1人もいない、という強いメッセージを発していくべき時だと思う。

「死にたいなら、自分だけ死ねばいい」というのは、今日のテレビでも発言されていた。つまりはそういうようなことが殺人事件を生んでいるのが分からないのかもしれない。

犯人に対して、私は深く同情している。今は事件の状況がよく分からないが、細かいことは言えない。ただ言えることは、多くの刺された子供が女児だったそうだ。その点については、犯人の人生を深く考察しなければ分からないことも出てくると思う。ただ私が思うに、かわいらしい女児を殺すということにおよんだのは、偶然なのか計画的なのか、相当の覚悟がなければできないことだ。

殺人をすることは大変な事。「歎異抄」には、人間の存在そのものがとても罪深く、明日にも人を殺すかもしれない存在であることが言われている。そうであったにしても、その行動をとることは大変なことだ。何をどう考えてしたのか?

だから、私は今日ももここで批判するのは、テレビや民放である。こういう社会を作っていることに対する最も重い責任があるのは彼等である。死にたければ自分でというのも、今日放送された。とにかくこういう事件が起きると、テレビなどは、一斉に犯人を批判したり、自分がいい人間であるかのように装う。批判することによって自分が善人になるという構図だ。

これは聖書でも、石を投げよというイエスに、誰も投げなかった。私たち日本人は、聖書に書かれていることについても、学べないのか。私はこの人に石を投げない。犯人には、どれほど煩悶し、苦しい思いをしたことかと同情する。苦しかったでしょうね。

それにも比べて刺された人・女児には、怖い思いをしただろうことが、計り知れない。私も母親を病院で殺されたと言っています。それでも今日のような事件が起きたときにも、日テレなどは笑っています。結局腹の中の彼らはそうなんでしょう。そういう人しかテレビ局には集まらないような気もします。有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか、そういう考えは、堅実な人生を選択したいという考えを呼び込まないのではないかと思う。

以前、ニュースステーションで久米宏が、司会をしていたときには、大きなニュースが起きると、力の入れようから違いました。たぶん腹の中では喜んでいたのでしょう。視聴率は上がりますし、自身が注目されます。また抱えている問題から目をそらす意味においても、大きな事件は歓迎したはずです。

ただ、ニュースの本質から考えると、もっと問題なのは、こういう事件が起きると、それを報道する、あるいは放送するテレビで、実に沢山の推察でものを言うことが、多くなる。こういうのがなぜ放送されるのかは、テレビの放送基準があまりにもいい加減すぎるということではないか。根拠がないものが多い。

それらでいちばん覚えているのが「酒鬼薔薇」事件だ。この時に「酒・鬼・薔薇」とインターネットの画面に、つまり、パソコンに真っ赤に出たような発言したことがある。それでそのサイトは、と質問すると「分かりません」という答え。普通それが出るとすると履歴に残るだろうし、検索にも残るに違いない。それが分からないというのに、それをテレビで流す。

つまり、依然としてその域を抜け出してはいないのだと思う。これら推察でものを言うのを、元警察関係者などがいうものだから、私はバカバカしくてしょうがない。現役の頃は、あんなふうにしてただ推定で物事を考えて捜査していたのかと思うと、唖然とする。だから冤罪が今も続くのだろうと思う。元警察関係者は、できればテレビの出演しないでもらいたい。

推定で捜査されたらたまらない。私の超音波盗聴も推定ですよ。こういうことなのだろうという、捜査側の勝手な考え。テレビ側に騙されていようが、私には関係ないと思うが、盗聴機を向ければ、そうはいかない。

もし犯人が、こういうような欺瞞に満ちた現代社会を憎悪していたとしたら、嘘を吐き出しているテレビ局などが元凶と言えると思う。嘘や虚妄でできている社会を、批判してはいけないのか?子供たちの犠牲は、何の為なのか分からない。

不登校が何十万人。いじめ。自殺。こういうようなことが私たちが子供だった頃には、報道されなかったこともあるだろうが、ほとんどなかったことは、どうするのだ。社会は何らかの形で、劣化しているということだと思う。計り知れないほど。これはテレビ以外に考えられない。より良い社会を作り出すためにテレビはあるはずなのに、逆になっている。それも民主主義が発芽していないために…。

これを書いている私が母親が殺されたという苦しみの中から1年以上たっても抜け出せないのだ。そういう人間が書いているものとして読んで欲しい。犯人を許せないと思うのは当たり前だ。しかしそれ以上に登戸事件と徳洲会事件とは本質的に違う。ご冥福を祈ります。

 

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ホムペのリニューアル

ホムペのリニューアルをしたが、私は気に入ってない。携帯に対応するようにビルダーでしたが、なんということはない。ページを飛んでみても字が小さく結局同じなのではないかと思う。

ビルダーが限界なのかもしれない。以前の方が気に入っている。細部を手直ししたり見栄えを良くすればいいのだが、忙しくてできない。

母親のこともやらなければならないが、全く進まない。業務妨害が兄弟がしているので何とも言えない。

たとえば、相続というが、これは私にしてみれば、因縁をつけられているようなもの。話も滅茶苦茶に出ている。およそ考えようもない。

現実的でないことをどう考えろというのか。相手がこれだけずさんに話を向けてくれば、勝てるのだろうが、不愉快だ。ホムペもなぜ思うようにできないのか?

ビルダー以外のものは金がかかる。無料でWIXなどがあるが、これも試みるのに大変そうだ。

それから私の十字架に関して、様々なものを、関係あるものを書いていると、とにかく多いい。一つ一つをばらした方がいいと思うが、携帯対応で上げても、これではがっかりだ。前の方がよかった。

母親が天寿を全うさせたら、好きな本を沢山読もうと思っていたが、それもできなくなった。彼等に私の人生を滅茶苦茶にされた。

ひとつひとつ前に進めていくしかない。

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医師免許証について

母親の看取りをした医師の免許が確認できない。どうみておかしい。それで昭島の警察に医師資格のことを伝えた。警察なら1週間か10日あればすぐに分かるだろう。私がこれらを重要視しているのは、彼らが今でも診療を続けているだろうからだ。これは大変な事。それで昭島の刑事さんが「私が嘘を言ってる」ようなことを言っている。それで私がこれはニセの医師免許証だと思うので、これを他の人に見てもらおうと思った。

兄なども「詐欺だ」と言った。つまり、他の人でも分かるようでもある。しかし、もう少し見てもらおうと思い、つまりデータの集積だ。これはどう見てもニセの免許証だと言えば、私が嘘などいっていないことが分かるだろう。

ところが、兄から電話が先程あった。それには「俺たちには関係ない」と。つまりはこれだ。日本人の公益心というものが問われるだろうと思う。自分の「母親がころされたかもしれない」と言っていることも、関係がないそうだ。恐ろしいことだ、と思う。

つまり日本が隠蔽社会になるのは、この通りなのだ。関心を持たない事、それでいてテレビなどの情報操作をやはり見ているはずだ。世の中の起こることは関係ないのだろうか?関係なければ、テレビも見なければいい。それなら私も彼等にはそうしようと思う。

こういうことになったので、ニセの免許証だということは分かるのだが、データが少ない。しょうがないのでネットに上げようと思う。ネットに上げるには、タイミングがあるし、いろいろなことを用意しなければならない。

とにかく情報は、それ以上のものなら、私が展開していこうと思う。そうすればいいと思う。ただしこれは他でも重要な意味が出てくる。

ネットでは主に携帯で見るだろうと思う。そうすると画面が小さくないかと思う。確かに大きく拡大はできるだろう。それ以外の問題もある。ただ兄がそういうのは、どう理解していいのか分からない。姉は兄から電話が来てもとらない。でない。弟は話したりはするだろうと思う。母親も兄のことはいろいろあったようだ。ただ私はあまり人にそういう分け隔ては好きではないので、誰にでも普通に接するようにしている。

ただそういうことでも相手は、迷惑だと思う人もいるのだろう。相性というのは誰にでもある。夫婦の間でも、最近のニュースで見るとすさまじいものがある。

変なものでは、世田谷の死亡事故か?続報がない。おかしい。全く報道されないのが、この間の高校生心中。なぜなのだろう?とにかく今すさまじい勢いで、日本人が壊れている。いじめなど考えられない状況だ。

また身近でこれだけのことがあっても、人は関係ないのだろうか。自分や自分の家族に起きたことはどうするのだろう。その時私は関係ないという態度をとれるだろうか。為政者にとっては、都合の良い社会は、国民が無関心であることだ。好きなようにやれる。

ということで、今後はネットの方に上げていこうと思う。

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バカげているテレビ放送の相続

今日、テレビで「相続」のことを放送していたので少し見た。しかし、例によって、これ一体何なのか?…状態。たぶんごく普通のサラリーマン家庭を想定しているのだろうと思う。子供だからというのがそもそも間違い。この子供なんだからというのは、子供としての義務と責任をちゃんと果たしていなければならない。

また被相続人の遺産が、そもそも本人が形成し管理運営していなければならない。つまり、ruleしていなければならない。この場合は、子供が3人ならという話ができるだろう。

ところが中小とか自営業者となると、これをやられるとほとんど家がつぶれる。つまり解体。これだと親も将来のことを考えると、子供も持てない、ことになりそうだ。たとえば、何某葡萄園があったとしよう。これを子供3人が金を寄こせとやったらどうなる。つぶれるでしょう。そうすると、家族の中で誰か後を継ぐ人も出にくくなる。つまり家業をついでいても、父母が死んだら、運営できなくなるだろう。

これでは家業を継がないで外に出ている子供の方が得をする。これを3分の一だなどとやられたら。跡継ぎは出ない。そうするととんでもないほど社会が疲弊する。

これを避けるには、遺言である。ところが遺言でも正しく遺言をされるかどうかは分からない。以前、かばん屋さんであったように思う。次男が後を継いでいて、長男がサラリーマン生活が終わると、俺に相続権があると主張した。それでカバン製造そのものが立ちいかなくなった。

この時もその後の裁判では、お父さんの、確か意思を確定するのに、遺言書を鑑定したのではないか?それでお父さんの意思を確認し、相続が確定したように思う。このように被相続人の意思である。

ところが、こういうことも弁護士さんもよく理解していないように思う。個別で理解しているのか?個別で、それらはそうなっているなら、それもおなじでしょうというと、そうではない。

だから今日のテレビのようにおかしな放送しかできないのか?しないのか?途中で呆れて、なぜ相続の法律を読もうとしないのかわからない。テレビ局は、たぶん呼んだ弁護士の言うとおりに、番組を進めたのだろう。

我が家の場合は父母が、生前全てをしていった。いまはそれらを姉や弟が、テレビなどを見て言うのだろう。同じようなことを言っている。今の私は、とにかくこれからの介護と終活があります。これに対しいっさい姉や弟とかかわらないようにすることがいちばん大事だと思う。

今まで姉も弟も、義理のお父さんやお母さんの面倒を見るのを放棄して、逃げてきて私のところで金よこせと言っているのだ。だから私としてはその機会を利用し、とにかく姉と弟を一緒にしておくことがいちばんの得策だと思っている。

2人はこれをしていないと思う。どちらかが病気や介護に入った時にどうするか?分かると思う。弟は姉。姉は弟。やればいい。私が母にしたことがどれほど大変なのか分かるだろう。今の借家でどうするの?できないだろ?

とにかく弟は若い頃から「死んだら借金を残せばいい」と言っているくらいだから、死んだらいったい誰が葬儀を出すのか?その葬儀の費用は姉に渡してあるのか?ないのか?私としてはとにかく関係を持たないことだ。

今の私は、これからの私の終活と、母親のことだけである。それで手いっぱいである。私は知らないというだけだ。

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野田市の栗原心愛さん虐殺事件

千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=が自宅浴室で死亡した虐待事件をめぐり傷害幇助(ほうじょ)罪に問われた母のなぎさ被告(32)の16日の初公判で、検察側は、なぎさ被告の供述調書から死亡する直前の様子を明らかにした。

実際には、起訴事実は傷害致死だ。しかし、私には楽しみながら子供を殺したという事実しかない。こういう人間が本物の「きちがい」。外見は一見普通、あるいは温厚で理解がある人間のように見える。

しかし、人の見えないところでは、鬼畜。しつけと称して性的な虐待もしている。とてもまともな人間ではない。本物の「きちがい」。津久井でもあったが、彼の場合もお荷物を殺したようなことを言い、拘束された車の中で笑っている。

よく人は見た目で、障がい者とか「きちがい」とか、2ちゃんねるでは「糖質」「池沼」とも言ってバカにする。ところが、そういう人たちは至ってまとも。こんなおかしなことはできないし、しない。外見が普通の人と変わらない、見た目では分からないごく普通の人間が、これだけおかしなことをする。

しつけと称してやれば分からないとでも思っているのか、心愛さんが死亡しても、反省もしない。

これはまるで久米楠田だし、超音波盗聴音を聞いて笑っている人間が、いかにキチガイであるかがわかるだろう。そもそもこういうことを考えることが「きちがい」なんだが、本物はそれが気がつかない。常軌を逸するということなのだろう。「爆笑してます」なんて、そんな人間の言葉。

救いようがない人間が、このように存在する。瀬戸内寂聴が人間は「鬼にも仏にもなれる」という。鬼どころか、鬼畜。こういう恐ろしい人間が普通の人間で善良な人間であるかのような面をしている。

母親を殺した医者も、ある意味「きちがい」だろう。それで、これは他の人が言ったのだが「刑事さんなんかには分からない」と。でも、私は刑事さんでも父や母はいる。自分だって年を取ったら、母と同じような薬は飲むことだろう。知っていて損はない。

それに母の場合は、物証があり、それによってカルテの信用性がなくなっている。だからポイントポイントを理解し、大まかに事情をのみ込めれば、どういう事件か分かるはずだと思う。そういう意味において、また私は警察は庶民のいちばんの身近な存在なのだから、ちゃんとやるべきだと思い、手紙などを出している。

いちばん重要なポイントは、心不全とうっ血性心不全とは違うということだ。なぜ血行が悪くなったかは、ジコキシンの中毒だ。それで循環破綻が起きた。これを医者は持参薬を飲まなかったことによって起きた頻脈を指した。ここにトリックとつまり偽装がある。実際には循環破綻は起きていず、つまり持参薬を飲ませれば何でもない事なのだ。それを担当の医師は知っている。だから、持参薬を夜中の10:50分に飲ますようなことをしている。

つまり循環破綻を宣言し、その循環破綻を実際には3日ほど遅らせてジコキシンの中毒によってもたらす。もちろん人為的にそうしたのだから、殺人だ。こういうところが刑事さんには分からないのだろうか。こういうことは正に刑事さんなら得意分野ではないか。そう思う。医師資格もないし、死亡診断書も虚偽。紹介状も虚偽。それらを考えあわせれば、まさにしつけと称して殺人を行う人間の愚かさが分かろう。

母の担当医師もそうだ。医者と言えば社会的信頼が高い。母も医者だから、最初信じていたようだ。そういうところがカルテにあるようでもある。その信頼した医者に殺害された。母はボケてはいない。だから自分が殺されていくのを、恐怖の中で2週間過ごしたのだ。

医者や看護師が恐い。体を結わいつけられ抵抗できないようにして、注射を打たれ、心臓がおかしくなった。母がどれほどの恐怖の中で死んでいったのかを考えると、病室の中で人体実験をされて死んでいった母。

私が力が足りないばかりに、このようなことを経験させて、苦しくて苦しくて、死んでいった母、その死亡宣言をした時の両医師は、私の顔を見てはいない。目を下に落とし、下ばかりを見ている。ジコキシンの説明さえしない。まさか私に見破られるとは思っていなかったのだろう。ジコキシン中毒も外観では、誤嚥性の肺炎によって起きている循環不全のように見えるだろう。ところが私はうっ血性心不全の死亡経過を知っていた。問題なのは母の死後1年間業務を続けていることだ。

私にはふつふつと心の底から湧いてくる怒りがある。なんでもできるし、する。こういう本物の「きちがい」を許せないのだ。

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NHK受信料訴訟・カーナビ編

自宅にテレビを持たない女性=栃木県=が、自家用車に設置しているワンセグ機能付きのカーナビについて受信料契約を結ぶ義務がないことの確認をNHKに求めた訴訟の判決で、東京地裁(森田浩美裁判長)は15日、女性の訴えを退けた。NHKによると、カーナビに関する司法判断は初めてという。

この判断がおかしいと思うのは、私だけだろうか?自家用車に設置といっても自分でしてはいません。つまり車につけているのは、販売会社だ。メーカーですよ。

これは押し売りみたいなものだ。それらのカーナビは外すことができるのだろうか?今度買う時には、カーナビをつけてもテレビ機能を外すように言ってみよう。外れるのにつけていて、払わないという主張ならわかるが、どうもそうではないらしい。

それにNHKのニュースのあるいは番組に対して、批判もいけないような言論はどうかと思う。ニュースにおいて、警察情報を100%垂れ流していて、それも誤っているかもしれないことを、公共放送として放送し、正しい情報と主張するのはおかしい。

誤っている本当か嘘か分からないような情報に、税金のように金を払えというのもおかしい。

視聴者に全く選択権がないのは、おかしい。押し売りではないのだから、それにネットとかそれ以外の情報もあるのだから、NHKがすべてという考えかたに賛成できない。

こういうような硬直的な考え方から、私への超音波盗聴という違法行為が成り立っている。NHKはその違法行為を支えている。まして「おしゃれ事件」を報道さえしていない。このような片一方に肩入れしているような放送をしていて、なぜ受信料を払わなければならないのか、分からない。

視聴者にも選択権はあるはずである。

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縄文人の全ゲノム解析

私は縄文人が好きなんですが、今日の新聞に意外な結果が出ている。縄文人の全ゲノムを解析すると、現在の韓国人や台湾の先住民、フィリピン人に近いという。

これはどういうことなのか、いまだに信じがたい。何かの間違いではないかと?

というのは、縄文人は沖縄やアイヌの人たちに近いと思っていたが、そうではなかった。すると沖縄の人たちやアイヌの人たちは、縄文人以後に来たのだろうか?現在の日本人には10%含まれているそうだ。これも信じがたい。

縄文人の人たちがアイヌや沖縄につながっていると思っていた私は間違っていたのか?それも現在の韓国人や台湾の先住民、フィリピン人に近いというのはどういうことなのか?これも信じがたい。なぜ現在の韓国人?なぜ台湾の先住民?フィリピン人?

ということは、縄文人は古い人と思っていたが、実際は新しい人なんだろうか?ここに沖縄やアイヌの人たちがなぜ出ないのか?

つまり現在の韓国人やフィリピン人の人たちが、日本人とは違っていたのは知っていた。つい最近出た情報では、現在の日本人は、沖縄の人やアイヌの血を繋いでいて、それでいてチベット人に似ていると!

これにアメリカのネイティブ、それにインカの人たちのデータが出ると面白いのだが。私はつながっていると思ってワクワクしているのだが、それとオーストラリアのアボリジニ。この人たちと日本人が兄弟だとすると、ビッグニュースになるのだが。

いずれにしても縄文人は新しいのか古いのか?現在の韓国人ということは、縄文人は新しいのかもしれない。とすると、どういうこと?

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最近YouTubeを見ると

youTubeを見ると変な感じがする。良心的なものはいいのだが、トップの画像に出ているのが面白そうなので、見てみるとそれが出ない。ない。これは問題だと思う。ある意味民放などがよくやっていたものだ。そういうものに嫌気がさし、最近はできるだけテレビを見ないようにしている。もともと見なかったのだが、「おしゃれ事件」を機会に見なければならず、その習慣でずるずる来てしまった。

ところが、そのずるずるでも、見ているととにかく腹が立つほど情報がない。確かに隠蔽隠ぺいでやるものなのだろうから、ニュースそのものがない。だからひどいものになりつつあるテレビ。ニュースの報道の仕方も、とおり一遍。いまだにネットなどでは、視聴率を上げるためなのか、炎上などの文字がある。

それも実にくだらない事。でもこういう情報操作が、通っているのか?「令和狂騒曲」あるいは「皇居」「天皇」などのもの。新聞ではそれらに対する批判もあった。私自身は、それらに全く無関心。こういうものに関心あるいは意見を述べない方がいい、と思っているからである。ここに書いているのも、テレビの放送の度合いとか、そういう意味において書いている。

でも、こういうふうに煽られている人間は、幸せだと思う。たぶん私のように睡眠障害にはならないと思う。もちろん繊細な感覚をそういう人たちが持ち合わせているとは思えない。なぜなら、繊細さはどうしてもそういうものにぶつかると、考え込んでしまうんだと思う。だから作家とか創作をするような人は、病気になる確率が高い。ひどくなると自殺する。

敏感であるとか、繊細であるというのは、様々な状況が見えてしまうので、ある意味大変だ。YouTubeでも、最初の画像がなぜでないのかと、こういうようにブログを書かなければいけないように思う。

ところが最近、母親のことでいろいろ弁護士の方に相談することがある。それでだんだんそういう人たちの考え方が分かるようになってきた。今までなぜなのかということを思っていたのだが、だいたい、あ~なるほどと思うようになってきた。

こういう人たちと自分が決定的に違うのが、私は法律的に考えるのは六法を引けばいい。判例を見れば考え方が分かる。それで必然的に哲学的に考える。現実に、そういうことはこういうようになっているでしょうと。

たとえばこう。いま相続のことを考えているが、子供には誰にでも相続権があるという、テレビでよくやることです。3人子供がいれば3人で分割すると。ところが私はこれをやらない。遺言がなければいけない。遺言が優先する。

しかし、ある女性タレントを例にすると、その女性にはお金持ちの夫がいる。その夫は外に認知した子供が4人いるとする。そして、このタレントの妻は、自分に子供に財産を残してもらうように遺言を書いてもらう。

さて、夫が遺言を書き、妻が半分子供が半分になるでしょうか。外に認知されている子供やその母親はどうなるでしょう。つまりここでは遺言があっても、その通りにはならないだろう。つまり、いくら遺言があっても現実を無視することはできない。それでそれ以外のケースでも寄与分なるものがある。

では現実にすでに我が家のように父母が分家相続をしていた場合はどうだろう。つまり遺言ではなく実行していたら、つまり分家をし財産も渡し、すでにただ一人の相続人に現実をゆだねていたらどうだろう。私は遺言以上の現実がそうすでになっているのに、それをひっくり返そうとするのは正しいことなのだろうか,と思う。

子供なんだから相続権はあると。そうごく普通に言われていることだ、テレビなどで。ところがこのテレビなどで言われていることを、我が家の人間はそのままそうだと思っている。これが厄介だ。それで多くの弁護士の人もそういう考え方をするということが分かってきた。それがそれ以外のことでも個別で考えるのだ。

これの応用がほとんどない。私の考え方は、他ではどうかとかそういうことも考えると、どうも私の方が正しいように思う。たとえば、相続の法律の基本的な考え方は、今まで通りに生活をしていくことだ。ところが、子供に分割すると、私の家のような自営業者(父母はサラリーマン)はそのほとんどが家が続かない。つまり家の解体しか将来はない。

子供なんだから金を寄こせということを受け入れていたら、日本の中小企業はほとんど潰れていくと思う。つまり、ごく普通に言われていることが実現すると日本が滅びる。金金で相続をする。証拠はあるのかとやるとどうなる。ほとんど滅びる。つまり相続と言う法律は、テレビなどで言われていることは考えない方がいい。あくまでもそれらは標準的なケースを見た場合でしかない。

つまりYouTubeのトップで見た画像は、中を見てるとない。出てこない。現実を常に標準に考えない方がいい。トラブルしか起きない。それでたぶん実際の中小企業などでは生きているうちに、その勢力図を作っておくのだろう。次の社長は誰かと。我が家の場合、父母が私にしてあるのだが、他の子は…。

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池袋母子死亡事件

「上級国民だから逮捕されない」といったようなことをネットでつぶやいても始まらない。まずは事故原因の捜査結果を知りたい。(本誌・田中将介)※週刊朝日オンライン限定記事

これは一体どういうことなのか。ネットでつぶやいても始まらないとは、どういう意味なのか。「まずは事故原因の捜査結果を知りたい」というなら、まず最初にすることは逮捕ではないか。

ネット上では、事故が起きたときにはフェイスブックを削除したとか、いうようなことが言われた。それは本当なのか。そうだとしたら、家族で証拠を隠滅しているではないか。

まして息子さんに電話しているようですから、どういうことなのか説明ができるでしょう。それをなぜしないのか。いっさい隠れていますよね。

こんなことが許されるのか。けがをしていると言っても、けがの程度が分からない。そういう情報さえ出ていない。

これが上級国民ではなくて何なのか。少なくとも母子が死亡しているのですから、ちゃんと対応してもらいたい。上級国民だとおかしなことをしないとも限らない。例によって金を出せばいいだろうなどということはやめてもらいたい。

ある程度の説明がなければ、仮病ということも考えられる。いい加減にして欲しい。上級国民なら嘘の診断書もできるでしょうから、できるだけ早く、家族が今どういう状況なのか説明していただきたい。

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相続について

相続について、今日姉や弟の代理人弁護士から、家の財産を抜く書類が来た。こういうことをする。

私は腹が立ったので、電話をかけて言うと、とにかく逃げまくっている。少し話すと、用があるとか、会議があるとか、とにかく逃げる。

私は言いました。なぜこういうことをしたのかと?答えない。逃げる。あなたも弁護士を立てろという。

それで言ってやった。女の弁護士さんだったから、弟が偽装結婚しているので、受任を拒否されたのですよ、と言った。ヤクザとつながりのある人物が相手では、女の人は嫌がるかもしれません。自分の名前が相手に伝わりますし、電話も自宅にかけるかもしれません。

現に弟が家の電話番号をヤクザに教えたのでしょう。母と私が受けています。そういう事情を弁護士さんには話しました。それで受任拒否したので、自分で裁判所のものを出しています。それでも裁判長に褒められていますので、なんとか行けると思います。

何でも弁護士を立てなければならない訳ではないです。本人訴訟でいいわけですから、それでいいと思います。相手は弁護士を立てているので、お金がかかりますし、何より私の場合、自分の主張をするということがいちばんです。まして先を考えれば、お願いする理由もありません。

相手の弁護士に、偽装結婚はどうなっているのか?貸家を占拠してるがどうなっているのか?貸金が何千万あるが、どうするのか?弁護士はただ逃げました。とにかく、自分たちのことについては、何の説明もできない。

家の財産などがヤクザに伝わるのはどうなのか?明日は母の1周忌です。腹が立つ。

偽装結婚というのはお金になりますが、その家を売ることですよ。つまり、弟はお金持ちの家を「金目当てだ」として追い出されたので、私の家に来て、「子供なんだから金よこせ」と。姉もそうです。

継父や母親が私を八王子を継がせるために、実の弟を養子に出したのです。継父(父)が相手の家にお願いに行きまして、八王子を私に継がせるために「弟を養子に迎えてくれないか」と頭を下げて行ったのです。

これらのことに「家のもの」すべてが合意しています。

にもかかわらず、弟や姉は、金金金の人間ですから、寄こせと。それも70,64だかの人間が「子供だから」と。バカバカしくてやっていられません。それも2人とも、分家相続のお金や「口上」ある意味「激励」を父や母からもらっています。相続の金を受け取っていて、その上で寄こせと。

こういうときには、どうしますかと父に聞いています。父は「いい加減にしなくちゃ」と言いました。そういうことだと思います。普通のサラリーマンの家庭で、何を考えているのか?まして父や母が生きている時に、自分たちが精いっぱいにしたことを、姉や弟はすべて反故にし、けとばしている。父の死に方でも、その後に母の介護に姉や弟がしたことを許そうはずがないから、私はいい機会だと思っているのです。

2人は、義理のお父さんやお母さんの面倒も見ませんし、何もしませんでした。むしろ私を頼ってきました。今の状態で良く知ってもらいたいのは、今度は姉も弟も、それぞれお互いに面倒を見なければなりませんから、義理のお父さんやお母さんにしたようなことはできません。逃げられませんから。私は義理の父母の恨みつらみも晴らしてやるつもりです。いい機会ですから。まして母親を虐待して、金を寄こせとは何だと。

母親を徳洲会に入れたのは、姉ですよ。

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大津交差点事故

大津市大萱(おおがや)6の滋賀県道交差点で車同士が衝突し、保育園児ら16人が巻き込まれて死傷した事故

直進車に右折車がぶつかったものらしい。右折車の女性は前を見ていなかったと供述。直進車は右折車が止まると思っていたと。

これは両者に責任があると思う。確かに事故そのものは、右折車が前を見ていなかったというのは問題だし、衝突音で知ったというのだから、携帯でもしていたのではないか。

と言っても、直進車が過失責任が低いということで、昨日釈放されたらしい。しかし、これもなんだか変。というのは、これは私の考え方だけなのだろうか?

というのは、直進車は左前方に保育園児たちがいたことを知っている。つまり、事故を除けるつもりで左にハンドルを切ったことによって、保育園児らに車を突っ込ませたのだから、やはり、過失責任は同じだと思う。あるいは、むしろ両者を比べた場合、突っ込んだ車の方が責任が重いと思う。

車だけの事故なら右折車が悪いとなり、責任は右折車となる。しかし、保育園児の集団に突入したのは、やはり、事故を避ける意味においても、ハンドルを左に切ったのは間違いである。

私の運転の仕方は、この場合、交差点に進入前に保育園児らが目に入っているのだから、ブレーキに足を置きながら侵入し、万一衝突した場合は、ハンドルを切らずにまっすぐに衝撃を受け止めるように、緊張するだろう。つまりハンドルを取られないように、ガツッと行くということです。

とにかく、歩道にハンドルを切ることは問題行動だと思う。

だから、直進車の女性が釈放されたのは合点がいかない。むしろ責任が重いと思う。

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悠仁様の警備について

お茶の水女子大付属中学校の悠仁様の机に刃物が置かれた事件について、犯人は「刺すつもりだった」と供述しているという。

ちょっと考えられないのだが、これが現代日本の病弊だ。例によって、日本は治安はいいからとか、日本は安全だからとかいうが、違うと思う。

この弊害は、暢気なのか、あるいはそういうように日本のメディアに騙されているのか?そのまんま平和なのか。こういう感覚は百害あって一利なしだと思う。悠仁様の事件で、もし悠仁様が校庭に出ていなかったら、殺されたかもしれない。たぶん最悪の事態になっていたと思う。それも日本史上最悪の事態。

現在の天皇制にとって大打撃を受けるところだった。たまたまそうならなかったにすぎない。岩波の「世界」’19年6月号に「日本型監視社会、丸裸にされる私生活」という見出しがある。これを見ても監視社会が進んでいることが伺える。しかし、また一方、このように悠仁様殺人未遂事件が起こるのだ。

これを考えていちばん憤慨しているのは、たぶん私だろう。いったい警察や公安は何をしているのだろう。監視社会といっても、この通り、北朝鮮の拉致ができるわけである。悠仁様がこれで、では警察などは私や私の家族に一体何をしているのか?超音波盗聴ですよ。それも何の意味もなく、たぶん、懲らしめようとしてしたのかもしれない。しかし、そんなことをしていて、これ悠仁様と比べたらどうなるのだ?

こういうような弊害を作っているのが、日本の警察とメディア。隠蔽社会が敵。犯罪が起きているのに報道しない。社会に起きていることを報道せず、日本は安全な社会なのだ、と情報を出す。これをみてどうするのか?犯罪者にとって、こんな好都合なことはない。

だから、いまだに「オレオレ詐欺」が減らない。こののんきで平和な感覚が分からない。確かに私は他の人より、感受性が高いかもしれない。敏感であることは、生まれながらのものだからしょうがない。他の人に見えないものが見える。犯罪を発見することもある。でもたいていはそれ以上はない。問題ないからだ。

だから母親が殺されたことでも、そういうことはみな気がつかない、と言われた。確かにそうかもしれない。多くの人が病院や医者を信頼する。私もする。でも、中にはおかしな医者もいる。おかしな病院もある。おかしいと思ったら、やはり行動をしなければならない。何か変だというので、私は写真を撮った。

母の入院した日の初日に「おかしい」ということは、たくさん感じていた。ずさんだ、変だ、それでもと思っていたが、面会に行くたびにおかしなことを発見した。それでも私は疲れていて、上手く寝れてないことを気にしていた。病院なんだからとか、医者だよと、変だと思いながら、どこかでそれを否定することがあった。

これが結局私の力のなさなのだろうと思う。疲れていなければできただろうことも、カルテを見ると、これは入院したらやられたという答えしか出てこない。虚を突かれた。私と担当の医師が顔を合わせたときには、医師は既に母を殺すことを決心していたらしい。それがひっくり返らなかったのだ。私の力がなく、医師を変心させることができなかった。もちろん、殺人をする人間の…。

だから悠仁様を刺そうと思って侵入している人間に思いとどまらせるのは、力だと思う。それも知恵の力。それは隠蔽社会ではできない。

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電子辞書?

今日のニュース7で電子辞書の話をしていた。売り上げが落ちていたのが上向いたと。それも小学生の英語の勉強らしい、と?

しかし、ありうるニュースなのだろうか?今更電子辞書で英語ができるかどうか?ご存知のように電子辞書の音声は悪いと思う。

英語の勉強の仕方には、最近では音声から入ると言われているものが多数ある。それを考えるとちょっとという気持ちが出る。

私も、日本人はなぜ英語ができないかという問いに、ずいぶん研究Wしている。何しろ日本人が英語ができるようなシステムができれば、そうとう何ができるWそれで勉強に余念がない。とみに最近、日本スゴイというテレビ番組を見ると、外国人が今まで以上に日本語が上手い。その答えはアニメやマンガらしい。

では、アニメや漫画は英語でもあるのに、なぜ日本人はできない。アニメで英語ができるようになったと聞いたことがない。

とにかくそういうことにいろいろな情報を集めてはいるのだが、なかなかない。私が今探しているのが、昔私が受験勉強なるものがあったとき、「蛍雪」の付録にあった文法のようなものを、いまだに探しているのだがない。それは実に簡単に文章を比較して書かれていて覚えやすくて気に入っていた。そういうように書いてある本がない。

中学生の英語の本とか子供の英語の本とか、そういうものも見てもどうも違うような気がしてならない。そうして私自身の英語の進捗状況を考えると、やはり、国弘さんとか鳥飼さんとか、あるいは「やさしい英語の…」を書いてる先生とか、そういう先生の言うことが、間違いない。あっていることを認識している。

たとえば、ほとんど英語の勉強をしていないのに、少し聞こえるようになっている。なぜなのか考えると、車の中で「基礎英語」を流して、聞いてもいないのに、他の難しい英語が聞こえるようになっている。これは不思議だが、先生陣のいうことが、間違いないということだ。

そういう経験を何度もしている。最近では結局これなのかと思う。一流の先生が書いた英語の勉強法はだいたいで書いてあるのだろう、ぐらいに思っていたが、決してそうではない。私の体験ではそれが証明されている。

これを考えると、電子辞書というのは、どうだろう?ゲーム感覚で覚えられるのだろうか?なぜか間違っている方向が一つ増えたのではないか?

それから、そういう英語の勉強の仕方に多く書かれていることは、いろいろなものに手を出さないようにするということだ、これが書かれている。これをやると決めたら何百回もということらしい。ということは英語ができるようになるには、そうとう我慢が必要だということだ。ちなみに、国弘さんの本にはこういうことも書かれている。次々に移ってしまうことが…。

 

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