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高齢ドライバーの

読売新聞社の全国世論調査で、高齢ドライバーによる死傷事故が相次いでいることを踏まえ、高齢者の車の運転に「今よりも制限を加えるべきだ」と思う人は82%に上った。「そうは思わない」は11%。

高齢ドライバーの死傷事故が相次いでいる?それは事実なのか?池袋の暴走車のことは知っているが、それ以上に高齢者が死傷事故を起こしたことは知らない。こういう事件で、なぜ特別に高齢者と言うのか分からない。

報道されないからなのか。若い人の事故もたくさんあるはずだ。ただ今回の池袋の、これは事故と言うより事件だと思う。この事故は、高齢者と言うより、本人の自覚の問題だと思う。それを他の高齢者も問題だというように、論点をすり替えるのはやめていただきたい。高齢者でも、しっかりしている人はいる。若者でも危険運転をする人間もいる。

今度の件は、足が悪い。杖をついている。そういうようなことを考えると、本人の自覚の問題だと思う。一度はやめていたのに、またすると言うのはどういうことか?家族にも責任があると思う。それを警察がどこまで事実関係を調べ上げることができるか。

同乗の妻、あるいは、事故を起こしてすぐに息子に電話しているのだから、息子にも責任があると思う。酒を飲んで運転すれば、同乗者も責任を問われる。ある意味それ以上に足が悪いというのは、大変危険な行為だと思う。それを許したのが慢心だと思う。

慣れ、大丈夫だろうという、あるいは、そんなことはないという、奇妙な安心感。こういうものが存在することは確かだ。また、高齢者講習の、認知症テストなるものの不可解さ。これをして運転が大丈夫だというのは、どういうことなのか、私には分からない。

確かに認知症テストは、まだ考えられて日も浅い。しかし、「今日が何月何日何曜日」と答えられることと、運転技術とどう関係があるのか分からない。私は日にちについては、割とラフで、ほとんど何日かなどと考えながら生活していない。でも運転は問題ない。

絵を見て「これはカラス」「これは時計」「これはアヒル」。こんなことを答えられるかということと、運転技術とどう関係があるのか。これに答えられたら、危険状況を回避できると、どう判断するのか。

危険状況を回避する技術は、運動神経に関係していることである。事故を起こした人は「アクセルが戻らない」と言ったそうだ。それで100キロ出ているのなら、ギアのチェンジも考えないのか、サイドブレーキもエンジンを止めることも、何もしない。こういう行為を期待することは認知症テストでは分からないし、学ばない。

講習で日にちを知ったり、絵が何であるかを知っても、とっさの行為をすることを学ばなければ意味がない。人によっては運転技術が極端に悪い人がいる。そういう人、あるいは高齢者は運転を控えたり、止めたりすることは必要だと思う。それは自覚であり、その人自身の能力の問題でもある。

その人自身の問題を、高齢者の問題に、問題のすり替えをされたらたまらない。責任は、今回の件でも本人の責任なのだから、そのことを明確にして欲しい。

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