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2018年10月

池の水全部抜く・テレビ東京

10月14日放送のテレビ東京系「緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦」の最新回で取り上げられた 長崎県大村市の大村公園の堀の水を抜く企画で、ボラなど約3千匹の魚が大量死した可能性が高いことがわかった。

なんでこんな無茶なことをやるのでしょうね。以前からテレビ欄を見ていて、やっているのは知っていた。

しかし、これを企画した人間は、池に棲んでいる生物には、全く無頓着なのだと思います。知らないのでしょうね。これをやられたら、相当の魚などを殺すことになるでしょう。

家庭で池の水などを替えるときには、必ず少しは残すようにしないと、中の魚が死にますよね。だから全部きれいにしてしまうと、これは困る。きれいになったと人間は勝手に思うかもしれないが、すんでいる魚には、とんでもない迷惑。死ぬよね。

知らないことの恐ろしさ。民放テレビ局らしい。なんでもこうでしょう。

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母親のことを

母親が殺されたことを、このブログに書いてきたが、なるべく書かないようにしようと思う。というのは、他の人間も検索は使うだろうし、出さない方が得策のように思えることもある。

ただ、カルテを何度読んでも、彼らのしたことは異常だ。あまりにも常識を外れている。怒りしかわいてこない。30歳の一人前の医師になったかならないかの医師と、後期研修医である。考えるだけでもバカバカしくなる。

先の医師は、頭がおかしいのか?とも思う。これは結局自分が誤診したことを隠蔽するために、母を殺害したのだと思う。極端な徐脈になった時に、母の体を他の病院に転院させなければ、殺されると思ったが、それも阻止された。結局殺害された。

そもそもジコキシンを使用する状況をよく理解していないのではないか、と思う。名目上問題ないみたいなことを言っていたら、とんでもない話だ。そもそも母のような状況で使用する薬剤ではない。とにかく何もかもハチャメチャ。来年の2,3月ごろには、何らかのめどがつくのではないかと思う。今年の暮れと年明けには、医師資格が明確になるだろう。医師資格のコピーを見て、こんなコピーをする機械が今だにあるとしたら、それも驚きだ。

あと数か月の辛抱だと思う。違法行為のいくつかは確認できているので、それだけでも最低限のものは行けると思う。

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北朝鮮で韓国ドラマみると

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、道内の白岩(ペガム)で今年7月、韓流映画を見ていた中学生7人が逮捕された。親も呼び出されて取り調べを受け、流通経路が明らかになりつつある。しかし捜査はまだ集結していないため、逮捕から3ヶ月近く経っても7人は釈放されていない。

これを知って、なぜか私が「おしゃれ事件」を見て、捜査対象とされ、逮捕されたように感じた。ある意味同じようなことなんだと思う。思想・良心の自由の侵害。これは日本でも北朝鮮でも同じようなものなのだろう。

だから、私の例のようなものは、多くの日本人は「バカだ」と思うだろう。なぜなら警察にやられるからと。確かに普通の日本人なら多くの人が知っていても知らないふりをするか。関わらないようにするだろう。つまり、それだけ日本では自主規制が働いている。恐ろしいことだが、事実だ。

その一つに「和を以て貴しとなす」というのがある。これを多くの日本人は自主規制と勘違いしている。自分の意見を言うことが和を乱すことだと考えるなら、とんでもないことだ。たとえば「空気を読め」などということもあるらしい。この場合の空気とは何か?つまりは大勢にしたがえということだろう。しかし、それではどうして個人の意見を社会に反映させていくことができるのだろう。

特に酷いのは、家族にテレビに洗脳されている人間がいて、それらの間違ったことを日常生活において、優先してしまうことだ。明らかにテレビに放送していることは、多くの場合、テレビを見ている視聴者には縁のないものばかりなのに、気がつかない。おかしいということに…。

北においては、思想も統一しなければならないからそうなる。本来人間がそれぞれ考えることは自由だ。そこに踏み込むことは、おぞましい人間だけが考えることだ。これらを考えれば、超音波盗聴など、人体実験以外の何者にもならないだろう。そういうものがあるから使いたいというのは、試してみたいというのは、人間にはある。

また、それをテレビやラジオの現場で使用するということは、警察にとってこの上もないチャンスだ。つまり言論に関わる人たちを震え上がらせることができる。彼らを脅迫しているにも等しい。これでは誰も異議を唱えないだろう。下手をすれば自分がやられる。つい最近、大阪の方で警察官が飲酒者を、なぜか拘束するのに死亡させた。これらをNHKでさえ取り上げていないのではないか。その際携帯で映像を撮っていた男性に、ネットには上げないように念を押したらしい。その後「あなたのためにならない」と、警察官に脅されたらしい。

ところがこれらのことも、ほとんど民放各局が取り上げていないようだ。大変重大なことなのに報道しない。ヤクザの恐喝のようなことを警察がやっていてスルー。これが日本のメディアの現実です。だから私に盗聴機を向けても、その半分の意味は、メディアを警察が支配するためのものと考えてもいいだろう。これでは自分が可愛いという人間は誰も声を上げないだろう。

北朝鮮のニュースを見て、日本の事件を思う。警察官が拘束して、死亡した事件は他にもあったはずだ。誠実で正直でない人物は、日本のメディアで仕事をすべきではない。日本はすでに瀕死の状態になっているのだから。

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有働アナ

有働アナが、日本テレビで「News Zero」に出ているらしい。それで初回は10.0%。それが12日には4.6%の視聴率だったそうだ。それをネットのニュースでは「有働の化けの皮がはがれた」と書かれていた。

なぜそう言われるのか分からない。有働がニュースをやるのは、本人の選択なのか?NHKの人なので、ニュース9かなんかやったことがあるのだろうか?よく知らないが、朝でちらっと見たが、それなりのものだと思う。ネットニュースで盛んに振っていた。それが話題とかということだろうか。

でも、こんなものはすべてテレビ側が作っているもの。作為的に作っているのだから、それがなんなのか?いずれにしても、有働がニュースをやる時点で、間違っているのだから、誰の責任、つまり視聴率が取れないというのは。それは日本テレビじゃないの。有働がニュースで、視聴率が獲れようはずがない。

大体そんなの民放にあるのか?それに夜中の11時台。みんな寝始めるだろ。誰が見るのかね。健康や電気代、様々なことを考えても、4.6あるのなら、いいんじゃないか。ほとんど夜型人間の私でさえ、夜の10時には寝たい。これで眠れて、朝は5,6時に起きられたら、理想的です。

それで起きたら、テレビを見る?見ないだろ。たいてい多くの人が散歩とか?でも、私は依然として、母親の顔を忘れられず、夜中に起きた時には、かわいそうな母親の顔を思い出すと、耐えられない。ほんとに自分が自殺してしまうのではないかと思う。

母が私に一生懸命訴えていて、私はあと数日すれば母は死ぬんだと思ったら、耐えられない。口では「一生懸命転院できるように頑張ってるからね」と言っても、後期研修医のその指導医の指示で、転院できないようにしているのだからたまらない。

警察に言ったって、母親が死亡するからと息子が動揺しているとでも言って、転院させるために駆けつけてはくれない。110番しても母の命は救えない。死亡した後に警察に連絡すると、地元の警察はこういった。「病院のことは病院に言いなさい」。これです。

実際日本の警察は何を考えているのだろう。病院では間違ったことはしないという、こてこての頭脳。女性医師が少ないというのは、以前から私も不思議に思っていた。それで志願者が少ないのだろうかとも思ったりした。それでもおかしいとは考えていた。それをどうするかと考えている矢先に、この問題が出た。案の定です。

障害者の水増し問題も、私は認識していた。新聞の記事を見ていたときに、そんなにうまく障害者が集まるのだろうかと考えていた。特に公機関においては、どう人数を集めているのか不思議だった。そう思っている矢先に、この問題も表面化した。

私を盗聴していて出たというなら、これまた案の定なのだが…。おかしなことはいくらでもある。医師が殺人をしないとは誰も言えない。母の場合は担当医師が誤診をしている。それを隠す目的で、自分が看護師を引き連れて騒いでいるのだから、それが実現せずに、3日後に元気に母が退院したら、担当医師はとんでもない恥をかくだろう。それを隠すために母が死ななければならないと、考えたのだろう。

未必の故意は存在するし、積極的な意思も存在する。そうひとつ押さえれば、きれいに殺人を立証できると思う。恥をかくことも人間大事だ。どうも若い医師だから、それができないのだろう。だからと言って、患者を殺害していいはずがない。

有働アナも、視聴率が下がったからと言って、気にすることはない。みんな疲れていて寝たいのだ。録画したって、そんなの見はしない。私は2%と言っても、それが普通だろ、と思う。いずれにしても日テレの誤りである。

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昨日のこと

昨日は私も体調が悪かった。昼頃から、ふらふらしたり倒れそうになった。原因は分からない。たぶん睡眠が上手くないからだと思う。昼頃から辛かった。頭は重いし、目も回るような感じがした。

食べるものは食べているつもりだが、食べたりないのか、栄養が足りないのか。体調が悪かった。今日も悪かったが、昼間1時間ほど昼寝をしたら、劇的に良くなった。どういうことなのか分からないが、ここで急激に寒くなり、体温調節などが上手くいかなかったのかもしれない。

いまも部屋の中は寒い。しょうがないので電気代の節約は、少しここらで使用しよう。とにかく尾畑春夫さんのことを知れば、こんなことは何でもないと頑張るができない。ござを引いて寝袋というのは、大変なことと思う。でも、災害に合われた方は、それをがまんして頑張っているのですよね。

私も少しはと思いますが、なかなかできるものではありません。寒空の中、仕事をしている方、あるいは辛い思いをしている方、大変だと思いますが、頑張ってください。私には私のやり方で頑張りますので、お許しください。

できるだけ早くテレビ局がつぶれることに努力します。皆さんも協力していただけるなら、電気を消して早く寝ましょう。健康第一です。それが愛国です。電気を使わないように節約するには、いちばんいいのがテレビを見ないことです。それもできるだけです。見たいものは見ればいいでしょう。でもダラダラとテレビをつけているのは止めましょう。原発に負荷がかかるだけです。もう一基やられたら、いや、やられなくても汚染水はどうなるのでしょうか?

いずれ汚染水は海に垂れ流すのでしょうね。例によって「話のすり合わせ」で、放出するときには、汚染のレベルは環境に影響がない程度において、放出します、と嘘をついてやるのでしょうね。日本の得意技「話のすり合わせ」。そういうことはないのだからと、ばかばかしいだけのこと。

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こういう教師もいる

23日朝、岡山市の中学校で女子生徒が校舎4階から飛び降り、下にいた女性教師が受け止めようとしてこの2人がけがをしました。

こういう教師もいるんですね。では男性教師は何をしていたのか?中学校や高校でいじめや虐待が問題になる。その度に教育委員会や教師が逃げ腰で、責任を転嫁若しくは隠蔽する。自殺した生徒にとっては、一番つらい「いじめはなかった」などというアンケートまでいくらもあったように思う。

隠蔽、ひたかくし、でもメディアや警察がそれをしているのだから、本当に陰湿な国だと思う。卑劣漢が堂々と通る国。それでも、このニュースのように、こういう先生もいてくれたことが、なんともありがたい。

2人とも重症というが、下で受け止める方も死を覚悟しなければできないことだ。

そうそう話は、全くかわるが、私のこのブログもアクセス制限を受けているのでしょうね。ここのところで2ちゃんねるだか5チャンネルも書けなくなっていた。なんだか知らないが、…

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退去の瞬間??

なんでもフジテレビで「退去の瞬間」とかで、「出て行ってもらいます」という、入管を礼賛した番組を放送したらしい。

私は見てはいないが、たぶん警察24時とかいうもののような、権力(/・ω・)/番組だろうと思います。今どき何を考えているのか、分かりませんが、やはり、民放です。こんなものでしょう。とにかく警察や入管と一体化していますから、全体主義では北朝鮮の次ぐらいに日本がなるのでしょう。情けない話ですが、否定しようがありません。

他の記事で私は発言していますが、外国からくる人は日本にとって新しい日本の力です。入管で引っかかる人も、いろいろな人がいると思います。それらの事情を考えるべきです。日本は天照大御神の国だ。わぃわぃ。もっと光を…

右翼的な言動をすれば愛国だみたいな話は、あり得ないことです。そういう人たちは、安倍総理を支持しているようですが、安倍総理は憲法改正などに熱心です。しかし、そうしているうちに国勢はどんどん低下しています。このままではどういう経緯で日本が破綻するか分からない状況に追い込まれています。

そう、民主党政権の時の「コンクリートから人へ」は、やはり正しかったものと思えます。人そのものがいなくなっているのに、日本愛国もないものだと思います。やはり、民主主義国家を目指す私としては、人こそ大事。つまり、日本を動かすのは日本人です。そこをどうもよく理解できないのではないかと思います。

フジが再び、底辺に底辺にを続けるのだろう。テレビはほとんど見ないから問題ないですが、警察とメディアが一体となっている国はどういう将来があるのでしょうか?先の大戦でも勉強しましたね。

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カショギ氏殺害事件

トルコでのサウジスタッフのカショギ氏殺害事件について、不思議に思うことがある。

事実関係は、トルコ側とサウジが違う。トルコ側は、大変具体的で「生きたまま殺害した」とも「死亡まで7分」とも報じられている。一方のサウジ側は、情報スタッフが勝手に暴走したようにも言われている。しかし、これはあり得ないことだと思う。

情報員は上の人間の指示を実行するだけで、それらの細かい事実関係には、関わらないはずだ。情報を追っているのは、スタッフだろうし、それを王子に報告するのも仕事だ。それについてどのように対処するかは、王子にあるはず。命令どうりに実行しただけだと思う。

ただ私が不思議に思うのが、アップルウオッチに音声記録があるという。それが婚約者が持っていたカショギ氏の携帯に送られていたというものである。これらの事実関係で殺害の事実が表に出たことになっている。しかし、変だ。それらの情報をサウジ側のスタッフが知らなかったというのは、奇妙だ。情報機関がこれらの機器を知らないはずがない。

まして生きたまま切断したといっているのに、時計はそのまま手にあったことはあまりにも不自然だ。殺害する場合、まず最初にそのような機器を取り除かなければならない。それらの初歩の初歩が全くできない情報機関はあるのか?

またアップルウォッチで、それらの事実関係ができるのかどうか分からない。それらの事実関係を確認できるかと思い、ここ数日CNNを見ていたが、分からない。なぜこの情報が出ないのか?!不思議だ。そういう事実があるなら、当然アップルウオッチの売り上げに結び付くはず。つまりいい情報なのにでない。変でしょう。

まさかこれらの事実関係は、超音波盗聴機で確認したのではないのだろうか。それならばできるだろうし、解剖の事実関係も取れるだろう。また7分という詳細な事実も可能である。また、アップルウオッチから盗れたのなら、その音声がなぜすぐに出てないのか?出せばいらぬ憶測の情報を排除できる。トルコにしてみれば、その方がいい。

これらの情報になぜ確定的なものが出ないのだろうか?

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テスト・練習・やってみる・呼んでみる・手技・死亡宣告・挿管

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過酷な実態

東京都内の私立高校の警備員だった68歳の男性が急性心筋梗塞で死亡したのは、連日の夜勤や24時間勤務など、過酷な労働が常態化していたことが原因として、遺族は労働基準監督署に労災を申請した。帰宅せずに3日間勤務し続けたり、残業が月約130時間に上ったりしたという。遺族は「高齢者には到底考えられない過酷さ」と訴えている。亡くなったのは埼玉県の男性。今年2月、夜勤中に急性心筋梗塞となり、4月に死亡した。

 過酷である。これは労災というようなものではないだろう。死亡してもある意味当たり前のような気がする。でも、働いている方は、これを断れないのですよ。断れば生活ができなくなりますから。

 私も超音波盗聴によって、3日間ぐらい眠れない時が、あるいはそれより2日とか、眠れない日が沢山ありました。こうなると心臓がおかしくなります。ある意味その時に適切に対処してくれなければ、私も死亡していたでしょう。

 つまり、メディアや警察は、私を殺そうとしたのでしょうね。警察自体が一般人の私に負けたのですから。なぜ負けたか?私がほとんど作為を持たなかったからです。つまり彼らは自縄自縛というか、勝手にそうした。

 なぜなら隠蔽しなければならないから。特に山口百恵商法が真っ盛り。山口百恵は裁判に勝ったはず。ところが私の存在は、それらを否定しかねない。だから金儲けのために隠蔽。

 ここで免震構造のデータ偽装がニュースになっているが、こうなればある程度はまともでしょう。どうして出てくるかと考えれば、たぶん内部告発でしょう。このところ企業で、このような動きがあるのは、好ましい傾向であろうと思う。少なくとも不正を排除しようという動きは、歓迎したい。

 それに引き換えメディアや警察はどうですか?私への不正・違法行為でも、誰も何も動かないとしたら、ある意味悪の頭は、彼らだと言える。自分のことを棚に上げて、人のことを批判的に報道していたら、とんでもないことだ。悪質を越えてサタンだと言える。米国をみよ。ジャーナリストを殺害したということで、世界は声をあげている。

 ところが、日本はどうか?何のコメントもない。何を考えているのか。何をどうするのかさえ分からない。たぶん、こういうことは日本では起こりえないからだと思う。なぜなら、警察が言論に平気で介入していても、メディアがそれを隠蔽する。自ら隠蔽する。それで日本には、そんなことはないと平気でいる。いまだに全体主義・社会主義国家の日本は、戦後何も学んではいないようだ。

 しかし、日本はこれほど過酷な状況にあっても、一向に倒れそうにない。人なら死んでしまうのだが、国家は死なない。不思議だ。

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交番相談員

今日初めて、交番相談員なるものを知った。今日、我が家の玄関と車に乗り込む前の導線に、小型犬の犬のフンがあった。そのままである。それで私が車に乗り込んだから、車の乗りこむところにフンついてしまった。それでも出かけようと車を走らせたが臭くて乗ってられない。

仕方なく自宅に戻り、近くのマンションの管理者に抗議に行った。話の途中から見た方が早いというので、見てもらった。市道のアスファルトのところなら、コロコロしているから取りようがある。しかし、今回は2回目になると思うが、玄関の化粧石若しくは砂利にした。だから取りようがない。

以前やられたときには、しばらくの間臭くてかなわなかった。水を流して薄めるのだろうが、マナーがとにかく悪い。それをマンションの管理人に言うと、「マンションの人間なのか」「証拠はあるのか」と開き直った。だから私も怒った。私は70年近くここで暮らしてきて、我が町の人が犬を連れて玄関先に入り、犬に便をさせて放置するような人はいない、と私は断言した。

現実に私の町の近くに住む人で犬を飼っている人がほとんどいない。私が知っているのは1軒だけ。しかしそういう人が、市道から5,6メートル入って玄関先に犬に便をさせる人などいない。そもそも無断で入ってくる人がいない。必ず用事がある人だ。

それで交番に行くと、その相談員なる人が、私は警察官ではないとか、あなたが勝手に考えているなどと暴言を吐く。法律のことには言えないとか。それで私は、じゃ、何でいるのかと聞いた。少なくとも胸には警察官のユニフォームを着ていて、英語でもある。この人交番にいれば、外国人が見ても、どう考えても警察官でしょう。それでほとんど用をなさない。

私は自分で責任あることを言えない人が、なぜ交番にいるのか、分からない。元警察官だというが、これで重大な事件でも起きたらどうするのだろう。たとえばの話を私はした。交番の前で糞尿をまけば逮捕されるでしょうと聞けば、逮捕などしないという。それはあなたが考えていることだと。では、公道に糞尿をぶちまけていても、この人は逮捕はしないということらしい。それはどこであったのかとか、聞いてくるが、まともなのか?自分がちゃんと答えられないのに、これはないだろう。

この人も税金で給料をもらっているのだろうが、現在の自分の境遇に何の不満があるかしれないが、こういう人を留守番に置くのなら、若い人を雇うべきだと思う。全くのムダ金だろう。

マンションの管理人が言うように、証拠はあるのかというなら、写真を撮ったり、レコーダーを回したりしなければならないのか?証拠写真を撮ろうとしたら、盗撮にもなりかねない。つまり、こういう人たちと話をするときには、みんなレコーダを回したり、画像を撮ったりしなければならないのか。なんだか情けない話だ。とにかく日本人と話をするには、レコーダーを回した方がいいのか。画像を撮ったりするのが大事なのか。それほどまでに日本人は信用がないのか。

確かにテレビなどを見ると、アメリカなどでは司法取引があっても、いくつかの罪を認めたとか、ちゃんとしている。トランプさんは盛んにフェイクニュース、フェイクと言っているが、多くが自らの罪は認めてる場合が報道されている。ところが日本では、こういうように罪を認める人は、たいてい苦労している人に限られる。全国放送の国会中継で「記憶にない」と言って平然としている。これが頭のいい人なんだそうだ。バカバカしい。嘘つきは何を言っても嘘である。

久米楠田を見ればいい。嘘を嘘でつきとおすのだから、終いには自分でも何が何だか分からないのだろう、と思う。自分の責任でさえ他人に転嫁する。自分たちがしたことで問題が起きているのに、視聴者が問題だと。そして自分たちがよって立つ理屈は違法行為を堂々と大前提とするものだ。このバカバカしい理屈が堂々と通る日本。本当に日本人と話す時には、レコーダーと映像が必要だという状況を、どう考えているのだろう。

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勉学

いろいろ法律のことについて、勉強をしようと思ったが、保証人が必要だという。

はあ、っと思ったが、若い頃にはそうだったのだろうか?おぼえていない。

私も仕事がら、保証人を求めることはある。しかし、以前保証人に責任を求めても、知らないと言われ、しょうがないので訴状を本人訴訟で書いた。さあ、裁判所に提出して裁判をしようと思ったが、最後の確認を母親にしたら、近しい人だから、しない方がいいと言った。

それで裁判所には、訴状を提出しなかった。これも提出すれば勝てるものだが、勝ったからと言っても、次にはまたやることがある。本当に厄介である。

しかし、法律を勉強するのに保証人が要るというのは、私にはこまったことだ。根が他人に迷惑をかけることが嫌いなため、なかなか言えるものではない。相手に迷惑になるのは十二分に知っている。どうしたのものか?

こうなったら、本人訴訟の研究を徹底的にやるしかないのかと思う。集団訴訟などのものは、ネットに存在しているようだし、やれないことはないだろう。先々どういうことになるか分からないが、他人任せにするのはよくはないことだと思う。

しかし、勉学するのに、お金はいる。保証人が要る。ない人は勉強できないのだよ。その日本の現実に愕然とする。結局学歴優秀者というのは、社会的に恵まれた家庭に生まれ育ったということでしかないのかもしれないが、割り切れない気持ちが残る。どうするか思案中だ。

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本庶佑教授、ノーベル医学生理学賞受賞!

京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授(76)のノーベル医学生理学賞受賞が決まった。喜ばしいことと思う。教授の受賞後の発言を聞くと、何やら嬉しくなるのは、私だけではないかもしれない。

また、教授が「教科書を信じるな」「とことん疑え」「自分が納得するまで」と、教授の発言を聞くと、私と似ているので、私も頑張らなければならないと思う。教科書を信じるなというのは、ある意味当たり前のことです。私も信じなかった。一つには先の大戦の影響もあって、その当時のことは、全て嘘だった、ということがある。

嘘をついて、国民を戦争に駆り立てていったことが、私の時代のすぐ先にある。そのように当時の教科書は、その当時のもの。今でいえば、私らが学校や大学までに学んだことは、今はもう、ずいぶん違うものになっている。

たとえば、この間NHKで縄文時代の土偶などを放送した。あれを見て、学んでいたものと全く違うものだ。土器とか土偶などが、これほど沢山あることも驚きだが、その美術的価値にびっくりする。そして縄文人の系譜が、ある意味私たち日本人の原点でもある。縄文人の血が流れてなければ日本人ではない、といったら差別的なのだろうか。だから私はアイヌや沖縄の人を大切に思う気持ちが大変強い。

そして私は、勝手にアメリカのネイティブやインカとか、そういう人たちとも親戚・兄弟だと思っている。それが誇りでもある。そんな面立ちなどを、ケンブリッジ・アスカや大阪なおみに見届けると、面白いものだと思う。

いまは教科書に書いてあることが、少しすれば、変わってしまうことはいくらでもあるように思う。とことん疑うというか、事実であることが自分の目で確認できなければ、信じないというのも私にもある。たとえば、ここらで母の見取りをした医師資格だが、免状を見た。間違いがないと聞いても、ではなぜ厚生省のページで確認できないのか?これには厚生省も落ち度があるし、医師にもある。医師法にも触れる。書かれてある本文は、国が発行しているのに、貧弱な毛筆で立派でなく変だ。微妙に筆圧が違うように思う。模様が変だ。いくらコピーだといっても、Googleで検索して出た画像とは全く模様が違う。

いつの時代のコピー機を使用しているのか。まして立派で誇りに思うような人が、こんなおかしなコピーをして、なんとも思わないのか。おかしい。よほど昔のコピー機でも、こうはならないだろうと思っている。届け出た県に居住地があったと確認できない。医学生だった時に、研修医を詐称している。そんな人が医師になっているのに、なぜ医師資格の申告をしていないのか?義務を怠ってもいるにもかかわらず、なぜそうしていないのか?

銘だって読み取れない。国が発行したものとは到底思えない。こんなふうに私も本庶佑教授に負けないくらい。自分で事実と確認できないものは、信じない。そうであるなら、そうである理由があるはずだからだ。カルテでも最初から腎の薬が書かれていない。転送してきているのだから、なぜそのまま書いてないのか?それでいて最初の日にペットボトル1本の水分。腎の弱り始めた母には、多すぎる量だ。最初の日に脱水は脱したはずだ。にもかかわらず、腎の薬を飲まされていない。

それが結局死因になっているのだが、それらの薬を飲むようにか、他の人間が指摘している。なぜそれを知っているのか?カルテには書いてないのだが、看護師などは知っている。持参薬などから抜いていることを。だが、なぜ抜いているのかはカルテにも書かれていない。変でしょう。

また私と話をしているのに、なぜジコキシンについて説明をしないで伏せているのか?なぜ隠しているのだろうか?それをした医師は、母が死亡した後にも私に説明をしていない。何も。見取りをした医師は、頻脈のために使用したと言った。これも私が母の容体がおかしいので、病室で大きな声で怒鳴ったから、言ったまでだ。その時は最初に使用したと言ったが、後では「私はやってない」と言うし、頻脈の不整脈であることを担当医が知ったのは、私の口からである。私から聞いて心不全ではなく頻脈性不整脈であることを知った。つまりそれ以前にジコキシンを使用している。つまり頻脈で使用したというより、心不全でだと思う。

また、それに対応しても、それらすべてが有効でないのになぜ続けるのか?つまりカルテを見ると捏造だらけで、嘘が沢山ある。すべてがずさんなのだ。姉が最初に署名している事務の文書は、母が4年前に一度入院した時の使いまわしだ。オムツのサインは2度している。加えてあるカルテの時刻の部分に私は注目している。こういうことではないかと推測しているが、裏がまだ確認してないので書くのはよそう。

私も疑う。

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天国と地獄それとも浄土

母親がなくなってから、私の中で何かが決定的に変わった。それはこの日本には正義などというものは、全くないこと。すべてが中間色のもの、あるいは無意味なもの。私も来年になれば70になる。

母の死で、天国とか地獄とか浄土とか、そういうものを少しは考える。それで少しは母はどう考えていたのか、振り返ると、ほとんど何もない。おばあさんが、よく朝、太陽に向かって「南無阿弥陀仏」と唱えていたことは聞いたことがある。でもこれは農家なので当たり前のことのように思う。太陽がすべての生命の源であろうし、疑いのないことと思う。

でも、母は「南無阿弥陀仏」と唱えていることは一度もなかった。父が死んだ時も、一時は線香をあげていた。しかし、それも長くはなかったように思う。神様を信じるとも、仏様を信じるとも聞いたことはない。ただ永平寺や善行寺には行ったことがある。他の人と同じようにお参りしたのだろう。それを考えると、少しは神様や仏様を信じていたのだろうか。

お墓をきれいにしたり、お寺に持って行ったりした。お寺には、墓地の近くに水道をつくってもらったようにしたかもしれない。その時何かを寄付したと聞いたが、私は忘れた。これは信仰心なのだろうか。一度こんなことを言ったことがある。それはまだ年寄りにはなったが、まだ死ぬということが現実的ではないようなときに「一度焼き直さなければダメだ」と。それから仏様は永平寺で二つ買ったように思う。

阿弥陀様と道元禅師の木彫りの手のひらほどの大きさのものをひとつ。主にこのようなものだ。これで信仰心があるかどうかは分からない。私が思うに、それは信仰心というより、今現実のあるがままを受け入れているように思う。何か現実の様子で、これらが現実に及ぼす吉凶を占う、あるいはお告げのようなものを、母は極端に嫌った。これはそのままを受け入れてはいないように思う。

ただ現実を受け入れる。それと地方で育った母親の母親の太陽を信仰するままを、どう受け入れていたのか。そのままではないのか。死んだら人はどうなる。

私は天国も地獄も、この世のことと思っている。では浄土はあるのだろうか。それは現世が苦に満ちているという、動かすことのできない事実によって、存在すればいいという人の願いであろう。きっと助けてもらえると。

こんなことがあった。私は全てのものは何もないと思っている。浄土も。それは私たちの身体が、そのようにできているものと思える。母がガンになり、放射線の治療を受けていたとき、ある患者と話をしたとき、私がその人を励ます意味において、ニーチェの「現実が永遠に繰り返される」ということを、話した時に、母は、なぜだか知らないが、異常に私の言うことに加勢したことがある。「そうそうそう」と。

私自身はそんなことはない、と思っているが、母はどうもそう思っていたのか。私は人の生は一回きりで、永遠の闇の中に入る、と思っている。ニーチェが実存の思想で、「今ここに在る」ことを、切に考えることを重視するなら、私もそうかもしれない。もう後はないよ。今日という日は今日だけ。仏教の無常と輪廻転生は矛盾するように思う。

ただ万物は常に生成を繰り返すならば、骨だけを残して、転生することはあるのだろうか。無常であるのに。

ただ私はこう思う。今の私は苦しい。母親が殺されたことで、どうにも心の行き着く先がない。だからここらで思うことは、母のように生きようということと、母ならばどうするかということ。だから人は、母の言うように焼き直して、永遠に生まれ変わるということを、考えなければならない。亡き人の喪失感を受けるにはそれしかないのかもしれない。ニーチェの時の母の異常な加勢を考えると、母もそう思っていたのかもしれないし、そう思いたいのかもしれない。現実が永遠に繰り返されるということ…。

私はキリストのように生きているが、生成を繰り返すなら、また…。

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台風来る

台風が夜の間に来た。強風が吹き始めた時に、急にアパートの台所の目隠しがカタカタなり始めた。これはもう3回ぐらい直しているのだが、ねじがバカになっているのか、風に煽られて外れる。昨夜もそうだった。

外へ出ると危険だと思えたので、今朝直そうと思って寝た。ところが1時半には目が覚め。気になって外を見ると、少し風が弱くなっている。見るとやはり、パタンパタンと煽られている。しょうがないので着替え、2階に懐中電灯を持って行き、ボルトを抜いたり入れたりしながら、何とか留めた。

朝になると、外は木の葉のちぎれたもので汚れている。とりあえず、朝食をすまし、洗濯をして、それから少し道路や玄関を掃いた。後は地面が乾いてからやろうと思い、家に入り寝た。夜は5時間半ぐらい寝ていると思う。9時半ごろから、横になると本当に眠くなり、寝た。

2時間ばかり寝た。起きた時、身体全体が本当に気持ちよかった。起きてからこんなに気持ちがいいのは、何年ぶりか。たったの2時間だが、綿のように寝た。起きてから足先まで気持ちがいい。何も考えずに、ぐわっと寝ることがいいのだろう。

でも、この先このように眠れる日は、またいつになるのか。本当に体が生き返った。これからも母の思い出を抱きながら生きていこうと思う。それが私にはいちばんいいことなのだと思う。

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