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母親の死に方について?

これを死に方と言っていいのか分からない。母親のことを聞かれ、いろいろ話すと、ほとんどの人が、そういうことは気がつかないと言う。

確かにそうかもしれない。ほとんど多くの人は気がつかないと思う。しかし、私にはクリーンにあまりにも明確に理解できる。これはおしゃれ事件のときと、ある意味似ている。事件も似ている。

医療の正当行為のように見えて、実はそうではない。殺人行為であることである。こういうのはわかりにくいかもしれない。たとえば、サラリーマンだったら、平日に病院に見舞いに行けるだろうか。いけないかもしれない。そうすると週末には行けるかもしれない。仮に行ったとすると、先生が「誤嚥性の肺炎」と叫んでいれば、外見上ハアハアしているから、今日は苦しそうだったな、と思うかもしれない。

それで「心不全」となれば、分からないかもしれない。しかし、ちょっと注意をすれば、週末に行った時に、手が水を持っていたよな。と疑問を持てば、少しは理解できるようになるかもしれない。しかし、解剖すれば肺には水が溜まっている。「心不全」が「うっ血性心不全」となると、どう違うのか、と。

そう、手とか足などに水が溜まり、肺にたまったりすると、死んだりする人を知っているよ、などと考えれば。ではなぜ先生は腎の薬を抜いているのだ。おかしくないか?そう多くの人が気がつかないかもしれない。しかし、注意深く観察すべきだ。私は母親が殺されたことを知っている。奮闘するだけだ。多くの人が気がつかないかもしれないが、頑張るしかない。

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