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母の容態

今日も西徳洲会病院に行った。母が5月8日にジゴキシンを投与されてから、いちばん顔が回復しているように思える日だった。といって、決して良くなっているわけではない。

16時56分 37度、0分 173/54,78である。今日は血圧が高い。しかし脈拍が78にもなったのは、8日以来である。3日で薬が切れるとすると2回投与したのだろうか。

今日は4日目になるので、また行けば脈を落としてあるのではないかと思っていた。病室に入ると、母の久しぶりの目を見た。写真や動画を撮った。

母が自分が何をされたのか、私に必死に訴える姿に、私は涙がにじんだ。口からは言葉はでない。手は多少は動かせる。言葉にならないので、

「うっ、うっ」と私が聞くのに返事をする。言葉を出してと言ってもでない。自分が何をされたのか必死に訴える母は、意外と冷静のような感じもする。

そういう母の姿を見て、偉い人だと思った。母を誇りに思う。だから私は頑張らなければならない。何人かに母の事情を話した。しかし、現状を受け入れるような感情を表現する人もいる。

だが、このようなことを受け入れることが簡単にはできない。ニュースで介護殺人というようなことを聞く。それを考えると、そういう施設ではこのような薬は使用していないということかもしれない。

私がイメージに浮かんだのは、オウムが信者に注射をして殺害し、レンジで焼いたのをおもわせた。注射をされてすぐに、脈が29の時もあった。30台を連発し、徐脈になった。そうなると、脳障害や多臓器不全が頭をよぎった。臓器に影響を与えなかったわけはないだろう。

そのデータをとりたくて、北原に戻すことをお願いしたが、断られた。今のところ転院できない。このままは私が受け入れできない。母もそうだろう。自宅近くの病院に転院できることをまずしないと、安心して眠れない、私が。これからは分からないが、母が言葉にならずに訴える声を、無視することは私にはできない。

これは私や母だけのことでもない。これを容認すれば、次に次々に、誰彼をやるだろう。これが医療の正当行為と言えるだろうか。とてもそうとは思えない。次は私や自分の愛する夫や妻の場合もあるだろう。

あるいはすでにもう何人も、こうしたことをやってきたのではないか。たとえば、サラリーマンで病室に足を運ぶことができない家族は、知ることもできないだろう。あるいは徐脈を年のせいと言われて、納得してしまう場合もあるかもしれない。横浜の大口病院の例がある。誰かが問題を提起しなければ、やられる。次々に誰彼となく。

少しずつ前に進めていきたい。母は本当に偉い人だと思う。尊敬できる人だ。

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