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文春買わなきゃいいという中尾彬

俳優の中尾彬が23日、フジテレビ系「バイキング」で、小室哲哉の引退のきっかけとなった週刊文春に批判の声があることに「じゃあ、買わなきゃいいんだよ」と持論を展開した。

ここで週刊文春が批判された。例によって、小室の不倫を書いているらしい。私はこれらの不倫問題で、問題となるのは公のもので、プライバシーに関するものは止めるべきだと発言している。あまりにも文春はそれが多くないか?LINEを暴露したり、ストーカーのように後をつけたりして記事にするのは、よくない。読んでいる方もいい気分はしない。

当然、私は買わない。中尾彬が言うように「買わない」。しかし、ことはそんな単純なことだろうか。例によってテレビで取り上げられる。私はそれらも見ない。特に最近は冬場の電気代が気になり節約をしている。北朝鮮関連の放送も見ない。だからここのところテレビはほとんど消えている。芸人の情報も見ない。番宣も。

確かに文春と言う週刊誌は買わないようにすることはできる。しかしテレビはできない。テレビなどでおかしな放送をしたら、どうすればいいだろう。テレビ局は「見なきゃいい」と言う。しかし見なければどういうものだか分からない。テレビやラジオはそれができない。だから見て、批判をするのはおかしい、という批判はおかしい。

本などは基本的に気に入らなければ買わないことはできる。しかしテレビなどはできない。そのことを十二分に自覚して欲しい。見たのだから文句を言うなはおかしい。これは正に他者の意見を排除するための言論である。

よく言うのは、「そんなに日本が気に入らなければ出ていけばいい」と言う。こういう言論は自分が他者に理論的に勝てないから、こういう排除思考が出てくるのである。だがこういう言論は大変危険であることは、誰しも知っているはずだ。他者の存在を根本から否定する言論になりやすい。それを言ってはおしまいよ、なのである。

久米楠田らも日本テレビおしゃれ事件で、決定的に排除している。確かに本人たちが性犯罪をしている。それを指摘されれば、相手を「キチガイ」という。それも警察を巻き込んで。みっともない話である。言論には言論をという姿勢もない。それもそのはず、事実関係をとれば、私だけではない他の視聴者も見ているからである。

どれだけ多数の視聴者が見ていたかは、日本テレビなどが情報を捏造したりして、分からなくなっているだろう。隠蔽がいかに卑劣なことであり、人間失格の烙印を押されても仕方がないだろう。今ここで、盛んにアメリカなどでセクハラ問題などがたくさん出ている。それが日本ではどうか?この陰湿な社会をつくっているのが、警察やメディアである。徹底的に戦おうと呼びかけるしかない。

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